2006年12月 5日 (火)

あああ、10000超えてるう

ぱんぱかぱーん!

今日午前0時過ぎにアクセスしたあなたです。Cimg0095

前夜までが9999だったみたい。すっかり忘れてた。

よくぞここまで育ったものだと、子供もいないのに。まさか。ここまでなるとは思わなかった。

じゃあ、目標達成で、さよーならー。

誰かなあ。

私と思う方は名乗り出てくださいな。似顔絵を贈呈しましょう。

私のは決して悪くはないとおもうよ。

もし、私より上手な人がこの世からいなくなったら、私が一番上手な似顔絵描きになるんだからさ。

その日を夢見て、いかがです。

たぶん、今まで1000人は描いたね。

他に才能がなければ私はその道に進んだろうに、ああ日本は、いや世界の美術界は、とんでもない才能を失った(合掌)

え、他の才能ッテなんだ?って?Cimg0140

うーん、それが分かってれば苦ろうはしないよ。

え、苦労してるところなんざ見たことないって。

ほら、白鳥の極意だよ。わかりますか?

あ、私は白鳥になれない醜いアヒルだった。残念。せいぜいくしゃみして、AかCかの香港風邪を引かせるのがせきのやま。

こうして、老いさらばえていくんだろうなあ・・・これ、20000を数える日が来るんだろうか、老化現象はすでに始まってるのかもぉ。

リンク集 

2006年12月 1日 (金)

プーはなぜ死んだの

最近、あの女め、人をナンだと思っているんだ。時間はまあ、人のことは言えないけど、ひっきりなしに、飼っている犬のプーちゃんが危ない、危ないと泣いてばかりだ。

「ねえ、いい加減にプーちゃん、プーちゃんと書いてくるのは止めてくれないかな」

「だって、プーがいないと、私どうしていいかわからない」

「おまえは医者だろう」

「だって、私は外科医よ、かわいそうだけど、プーちゃんのことはわからないわよ」

「ふーん、だったら、犬なんか飼うな」

「あなたにはわからないのよ、手術でくたびれて帰ってきたときに、尻尾振って迎えてくれる、プーちゃん、彼がいなかったら、私、気が狂っちゃうわ」

じゃあ、俺はどうなるんだよ、なんかあったらすぐにプーだ。俺こそプー、プーだぞ。

「ちゃんと食べさせないから、変な病気にかかるんだよ」

「だって、患者が・・・」

「プーには、おまえしかないんだろ」

「じゃあ、どうすればいいの?」

ちょっとまってろ、調べてやるから。確かいいドッグフードがあるはずだ。

私は、どこだったかなあと噂のドッグフードを調べていたら電話が悲しく鳴った。プーが死んでしまったという電話が病院からあったそうだ。

彼女はもう来るわんばかりに泣き叫んだ。

彼女の最後のセリフは「役立たず」だった。

責任は仕事のかまけて、いい加減威に扱っていたおまえだろう。

私は、やっと調べたドッグフードのデータをFAXしてやった。このばか、パソコンぐらい、インターネットぐらい扱えるようになれよなあ、おまえ医者だろう。

私は「8年連続で選ばれたという、ヘルスフードが「グッド・ワン」というお店があるから、次からはそこに相談するんだな、製品名は、「back to basics」というらしいよ。

バナナでも食わせとけばいいんじゃないのか!Cimg1111

俺はずいぶんと頭にきたが、俺はなにをくってるとおもってるんだよ。

まったく」

そう書いて、細かい資料を送ってもらうように手配してやったが、あいつめ、今度飼った犬はそのおかげで調子がいいのだろう、もうそれっきり電話はかかってこなかった。 

ひどい話だった。

おれはいったいなんだったんだ、ドッグフードよりもだめなのか?

2006年10月 2日 (月)

私はまだ青かった

あれは私がまだドイツに旅立つ前の年だったと思うから、もうずいぶんと昔のことだ。

私は好きなはずの女性がいた。

でも私は、三人でやるはずの実験を、一人でやっていた。なぜか実験の中心人物とNO.2が大学から逃げてしまったのだ。

中心人物は大学院生、私と同級に当る。

NO.2は4年生、私とこれまた同級に当る。

鋭いひとはわかるだろうが、私は留年していたのである。しかも、後輩に遅れをとる劣等生であった。

それでも私は気にかけない、天真爛漫そういえば聞こえはいいが、ただ大学には麻雀をしに遊びに行っていた、そんなもんだったのだ。よくぞまあ、5年生になれたもんだと、父の逆鱗に触れながらも、経済的に父に復讐できて満足だった、気の小さいやつだったのだ。

私たちの実験は「天敵による生物学的防除」という、薬剤を使わずに、害虫をその害虫の天敵によって駆除するという、当時としては画期的、先進的、お笑い満載のものだった。

このためにはまず、害虫を育てねばならない。そのためには害虫の餌となる、キャベツなど、蔬菜(そさい)教室の連中がやるべき仕事、野菜作りをやらねばならない。当然ホ場(畑)づくりからである。

さらに、あらゆる害虫を捕まえて飼育せねばならない。

次に害虫の天敵を飼育せねばならない。

こういった実験では、その結果に意味がアルのかないのか、私にはさっぱりわからない計算方程式、有為差検定というのをやる。

そのために、害虫に注入する天敵の数を等比数的に増やしていく。

なんのことはない、1,2,4,8,16,32,64,128、、、、と増やすだけである。

なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

天敵は当時の呼び名は、ネオアプレクターナDD136といった。

凄いなあ、私は何の資料もなくここまで記述しているのである。 

ふん、なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

天敵を害虫、このときはカイコを使った、カイコに天敵を注入・・

おっといかん、テーマはこんなことじゃなかった、

この研究論文は日本第一号の研究としてしっかりと学会にあるので興味がある方はしらべてみれば・・・おかげで100人は食ってるのではないか(控えめに言っておる!)

そんな実験をひとりでやっていたのである。害虫が天敵に死滅されるまで約48時間、私は記録を採らねばならない。つまりねむれないのだ。

合間に別の実験お手伝い、これがひどかった。ウサギに昆虫のフェロモンを注射し、2週間後にそのウサギから血液を抜き取る。

ゼン血液をだ。

メインは女子学生。

毎朝、私を起こしに来てくれていたというのは問題があるので、寝ぼけていたような。

自分の実験は誰も手伝ってはくれない。私は3人から4人麻雀仲間を集め、48時間、絶対に眠らない時間を作った。

まあいい、なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

そんなことを論文作成のための写真を暗室で自分で焼いた。

生物相手だと24時間、見張りが必要だった。

ひとりでできるはずがない・・・がやらねばならなかった。日本の昆虫学界の夜明けは近い。

だが近かったのは、早かったのは、そんな私に愛想を尽かし、結婚してしまった、好きだったはずの彼女だった。

私は失ったものの大きさを改めて知った。

毎日、顕微鏡を見る目が涙で曇った。

独り、研究室に篭ると、悲しみで恐ろしくなった。

実験がデータ整理になる頃だったから時間ができた。

酒をあおった。酒で哀しみ、辛さから逃げたのだ。

だが、目が覚めると、倍以上の悲しみが襲ってきた。

データ整理があるうちはまだいい。何とかそちらへ逃げることができたからだ。

だが、夕方になると私の目は彼女の幻を追っていた。

そしてまた酒を飲む。

そんなときである、多くの女性たちがチャンスとばかりに私を・・・・・。

まあ。いい。そんなことも会ったさ。そんなことぐらいあるさ・・・

私は6年生までいるつもりだったが、教師たちの策略で追放された。

無理やり単位を掴まされたのである。

もっとも。もうその町には居たくなかった。

逃げるように東京へ。

(長くなったなあ・・・いつか気が向いたら・・・ちがーう。こんなことじゃないのだ、書こうとしたことは・・・つづく)

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