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2010年4月30日 (金)

4月も終わり、GO! 議員たちは外遊へ

4月も終わり、GWは第2日目だ。

昨日は潮干狩りの人手が凄かったらしいね。ヒトデなんかにゃ負けてたまるかという、人、ひと、ヒト。

なぜかのほほん議員たちは外遊へ。なにを考えてるんだ?

彼らには、普天間基地のことはどうでもいいのだろうか?

政党を超えて、日本のために働くという気は、もう・・党内らしい、アハハ、毛頭ないらしいな。

こういう議員たちこそ仕分けされるべきだろう。

いったいどこへなにをしに行くのだろうか?

機密費なのかなあ、ファーストクラスでシャンパンを飲み、現地に行けば、駐在員に選挙区の地盤を固めるために絵葉書を出させるのは昔の話・・・かな?

羽目をはずして、至らぬことをしなければいいが。

お、時間だ。外遊してこよっと!

2010年4月28日 (水)

舛添新党、その名は、日本改革党?

あのエンドレス舛添が新党結成にあたり、どんなドレスを着るのかと思ったら・・・?

その名も、あははは、日本かいかぶり党だってさ。

頭になん添え、被り物でも?かああーい?

タイムリミットだ、そう叫んだかどうだか、私は側にいたこともないのでわからないが、いったい何がタイムリミットなのだ?

これ以上は国会議員として、その身が危ないとでも察知したのか?

誰かが言った・・・ネズミ男、・・・・・・・そうなのか?

誰がいったい、彼を買いかぶってるのだろうなあ・・・不思議でしょうがない。

タレント政治家だった時代、彼は何をしていたのか?

女子大生や、ギャルタレントの携帯電話の番号やメールアドレスを集めていた節があるのだが、まあそれはそれでいい。今で言う肉食系男子の恥さらしだったのかもなあ。

日本改革党。裏読みするならば、やはり、自分自身でそう思ってるのだろうなあ、

「日本かいかぶ離党」だ!

おめでたいね。

誰も、買いかぶってはくれないと思うよ。

髪の毛被るのが関の山か、がはははは。

だいたい、比例代表で受かった癖して、どういうつもりなのだろう、国際政治学者って肩書きは、いったい、誰が買いかぶってつけたのだ?

2010年4月27日 (火)

舛添エンドレスがタイムリミットだと騒いだが

なぜ、升添元大臣などが総理大臣に相応しい者として1位にランクされるかわからない。

彼を選んだ方は、彼が厚労省大臣の折、なにをやったのかわかってるのだろうか?

できもしない消えた年金の処理のとき、「エンドレスでやります」と言い放ち、消された年金を待ちわびて、それでももらえずに死んでいった人たちを見殺しにしたのではなかったか?

削除されたデータは戻らない。

それでも復元すると言い放ったままだ。

なぜ、その職にあるときに、失った年金をすべて無条件に回復させてやらなかったのだろう?今でもあの仕事は続いているのだろうけど、その費用を考えると、無条件に年金を復元した方がはるかによかったのではないだろうか?

だいたい、あの仕事をやる人も疲れるばかりではなかったか?今でも続いていると思うと、どこまで続くぬかるみぞ。さしたる効果も期待できずに、恨みながら死んでいく人。

こういうことを指示した、升添さんは、その職を失ってからは、何をしているんだ?

タイムリミットだ!舛添新党だなのど、言い放ち、大阪府知事をハシモトと呼び捨てにし、宮崎県知事もまた同様に扱った。

いかにも、二人は子分か、友達扱いにして、二人の人気に乗っかろうとする、えげつなさ。

こんなヤツが、一番総理大臣に相応しいとは、本当に日本の総理大臣は「愚か者」だといわれても仕方がないだろうなあ。

2010年4月26日 (月)

朝から入金確認に追われて終わる

夕べ、寝る前に、頼みがありますと隣人が。

なんだ?

聞くと彼は朝から部屋にいないのだそうだ。

それに、彼は講習会とかで、電話をOFFの状態にしておかねばならない。

ゆえに電話ができない。

しかし、彼は、入金があり次第、振り込まねばならないという。

えーい、めんどくさいな。

私が彼の代わりに、彼の口座をチェックし、入金があれば、彼の代わりに彼の口座から、彼の依頼する人物の口座に私が振り込めということかい?

すると、私は彼の口座のキャッシュカードの暗証番号を知る羽目になり、それは将来に禍根を残すことにはならないかい?

それでもいいから・・・と暗黙の了解、かい?

私は午前9時過ぎに近所の郵便局へと向かう。

そして口座を調べたら、ががががががーああああん。

口座には言われたほどの残高はない。

これでは話にならない。

仕方が無いので、休憩時間にかけてきた彼の電話にその旨を告げる。

「ええええー、ええええー。確認次第、折り返します」

力のない返事だった。

結局私は3度も郵便局に行き、最後に振り込んであったお金を全て下ろして、彼に渡した。

いったい何が起きたのか?

私はここで、ある冒険をしてみようかという気になった。

判断するのは私でなくてもいいはずだ。

そう思うと気が楽になった。情報は教えるべきだろう。そしてその情報を判断するのは、私ではなく、当事者なのだ。

さてもさてさて。

明日の銀行口座の確認が楽しみだ。

2010年4月25日 (日)

牛乳配達はかく語りき

この話は書きのURLの続きです

http://abil.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-4508.html

ドアを開き、私は、従業員を呼んでみた。

「すいませーん、近所のものですが、誰か、うちの博士を助けてくれた方はいませんか?」

出て来たのは、そこの息子さんだろうか、元気よく「私です」そう答えた。

話を聞いてみた。

裏に大きな駐車場があり、そこからうちの樹木の剪定を博士はしてたらしい。

車を停めに入った、牛乳屋さんは、車にもたれかかる博士を見つけた。運がよかったのだ。

彼は博士に肩を貸すと、うちまで連れて行こうとした。

しかし足取りがおぼつかない、博士は「頭が痛い」と。

庭に入り、玄関の石段に腰をかけさせた。

様子が普段の頭痛ではないと察知した彼は、すぐに救急車を手配した。

杉並消防署はすぐ近くだ。

彼は様子を救急隊員に告げた。

そしてアドバイスに従った。

まず博士を庭に横にさせ、気道確保のために、庭に転がっていた材木を首にあて、口を開かせた。

そうしてる間に、救急隊員がやってきて、すぐに病院へと急行したのだ。

それで一命を取り止め、回復も早かったのだ。

私は、お礼と言っては何ですが、商品の配達をお願いします、と。

1週間に2度、1週間分のヨーグルトの配達を頼んだ。

お金は月ごとに持って行くことにした。

それと同時に、友達のひとりである植木屋に連絡し、月に一度、庭の植木の手入れを打診してみた。

無事でよかったなあ。

これが謎だった、博士の倒れた、一連の話である。

博士危機一髪!事件なのか、事故なのか、その真相

事件なのだろうか、事故なのだろうか?

博士が倒れて1ヶ月が過ぎた。

私は、病室を知ることができたので、昨日(24日)病院へと向かった。

そこには、すっかり小さくなった博士が横になっていた。

あまり聞き取れない、彼の話を聞く。

長嶋茂雄巨人終身名誉監督(だったかな)の口ぶりよりもわかりずらい。

これからだもんなあ、リハビリに取り組むのは。

私は彼の話から、近所の牛乳配達の人から助けてもらったことを、確実なものとした。

すでに聞いていたけど、はっきりとはわからなかったのだ。

聞きずらいのと、彼もよく聞こえてないみたいなので、勢い、私は声が大きくなる。

6人部屋である。

あまり長居しては迷惑が、ますます迷惑になるので、みなさんに、お騒がせしましたと頭を下げて病院をあとにした。

帰宅途中、その牛乳屋があった。

一度は通り過ぎたが、立ち止まり考えた。

そうだ、お礼を言っておこう。

私は牛乳屋の引き戸を開けた。

下記のURLに続く。

http://abil.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-5c76.html

2010年4月22日 (木)

液晶受難、その2。DELLさん、ありがとう、そして、ごめんなさい。

DELLのディスプレイがいかれて、5日経った頃、私は、うわあああ、あったああ・・どおおお。

ついにDELLのマニュアルじみたものを発見。

それは去年の2月のものだった。

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「ありゃ、1年過ぎてる・・。保障はいつまでだったかな?」

そういう、よこしまな考えの下、電話番号を見つけたので、そこにダイアルした」

ん、今でもダイアルしたで通用するのかな?

そして案内に従ってもわからないので、そのまま放置してたら、人がでてきた。

それで、障害の情報を伝えたら、彼が、私が購入したマシンのサービスコードなるものをめもさせて、次ぎのサポートへ案内してくれた。

私は、その女性に話をしたら、彼女がとんでもないことを言う。

なんと、ディスプレイの後のコンセントにしっかりと嵌まっていますか?調べてもらいませんか?

まさか・・・?

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だって、動かしてもないんだよ。

おおおおおおお、げげげげげげええぇ、緩んでる。緩んDELL。

それを強く差し込み、電源オンのボタンを押した。

きゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

なんと通電したではないか。

初歩の初歩である。私はショボ、ショボである。

かくて、液晶受難は過ぎ去ったのかもしれないなあ。

DELLさんごめんなさい。

そして、サポートのかたがた、ありがとうございます。

でもね、サポートの仕方が悪いよね。今回、私はWEBからのサポートでは何の解決もなかった。

deもね、いい加減にかけた電話の先からは、そう、天使の声が聞こえたのだ。確かに人ではかけたくないよね、dellね、こういうトラブルは人手をかけないと、治まらないのかもしれないよ。

DELLね、よかったああ、よかった。

2010年4月19日 (月)

液晶受難

VAIOのバックライトがいかれたのは2年ほど前になる。

その後、DELLのvostroを買った。

3月に携帯電話の液晶画面が吹っ飛んだ。

画面に何も映らない携帯電話は無残である。

何もできない。

あ、電話をかけようと思えばできるが、間違い電話の元である。

受信もできるのだが、誰からかかってきたかもわからない。

もちろんメールはどうにもならない。

この修理で、すべてのデータは吹っ飛んだ。

先週である。

DELLの液晶画面が壊れてしまった。

通電しないのである。

DELLのサポートページにアクセスするが、私は要領を得ず、サポートセンターに電話ができない。

そろそろ、購入して1年になると思うが、保障期間はどうだったかなあ。

おーい、一緒にDELLのパソコン選びに付き合ってくれた君よ、読んでいたら、何とかしておくれ。

保証書の類はどこにもない。屋根裏部屋だろうか?

しかし、VAIOに始まって、携帯電話と,DELLのディスプレイ、あーあ、なんてことでしょう、相次ぐ液晶のトラブルで、私はすっかり参ってる。

おりしも最近の天候不順が、拍車をかける。

私の体はガタガタだ、液晶画面といい、辛い日々が続く。。

2010年4月16日 (金)

舛添元厚生労働省、エンドレス大臣のバカさ加減

舛添元厚生労働省大臣である。

私はなぜこの方が、人気があるのかわからない。はっきり言わせてもらうと、いや当時から書かせてもらってるが、バカ、大馬鹿である。

あの、年金騒ぎの不始末を、国民は、もう、忘れてしまったのだろうか?国民もまたおめでたい。あ、私もまたその一人ではあるが、少なくとも私は舛添元大臣を赦しはしない。

年金問題に関して、彼は何をやったか?

「最後の最後間でやります、エンドレスです」

ほう、エンドレスですねえ、その舛添は、後添えを迎えて、野に下った。

そして今、大阪府知事、橋下さん、宮崎県知事、東国原さんをいかにも引き連れたような口ぶりで、その無能さを顕にしている。

顕にするのは、その髪の毛の少ない頭の表皮だけでいい。あとは恥だらけではないか。

かりにも天下の大阪府知事に対し「ハシモト」と呼び捨てにすることはないだろう。このときの目はまさに自分に酔いしれていた。

自分の政策は何もなし、ホントにこの方は国際政治学者なのだろうか?いったい、誰がこのような肩書きを与えたのだ?

どこの大学が彼を雇っていたのだろう、彼の卒論を認めたのはいったい誰だ?彼の論文を認めた機関はどこだ?不思議でしょうがない。

彼が大臣のとき、彼は最後の一人まで、エンドレスで年金問題を解決すると言い切った。

ありえない。

大臣という立場をわかっていない。案の定、国民の審判により、クビになった。

エンドレスなどという政治はないのだ。

そのときにいかにして最上と思える政策を採るか、それが仕事だろうと私は思う。

私だったら、あの年金問題は、さっと決めてしまったね。よかろうが悪かろうが、人の生き死にがかかってるのだ。エンドレスなどとは言ってられないはずだ。

多少であろうがなかろうが、誰か得する人が生まれようが、少なくとも弱者を追い討ちするようなことはしない、ひたすら救う、そういう政策をなぜ取れなかったのか、できもしないのに、あ、できるわけがないのだ、だって、元データがないんだから。

それを作り出すために、多くの人手をかけた。バカの所為である。

それだけの人件費をかけて、いったい効果はあったのか?だったら、そのぶんで、全員を救済すべきだったのだ。

哀れなのはもらうべきものをもらえず、お亡くなりになった方々ばかりではない。その対応に追われた職員、そして、世紀の大馬鹿をやった、舛添元大臣だ。

この方が、最も総理大臣にふさわしい・・・などとよくも言ったり、日本人。

いくらほかに該当者がいなくても、この方の名前だけは出して欲しくはなかったなあ。

このアンケート、20%にも満たない数字だったのが、せめてもの救いである。

2010年4月14日 (水)

もう、体が持たんよ。

昨日の暖かさはなんだったんだろう?

一昨日のあの寒さは何だったのだろう。

先週の水曜の夜から急激な冷え込み、そして初夏を思わせるような日曜の気温。この1週間は特にひどい。

また今日からも冷え込むという。

いや、すでに冷え込み始めてる。

風が強い。

風が吹くと、天気は変わる。

談志師匠が引退かと、テレビでは騒いでいる。

だけど、そんなことより、暖かい日からの、この強風である、また、急激に寒くなるのだろう。雨も降るのだろう。

嫌だなあ、狭心症と片頭痛持ちの私には堪える。

3月には携帯電話の液晶画面が吹っ飛んだ。

そして夕べはまだ買って1年も経ってないのではないだろうか、デスクトップの画面が消えた。通電してないようだ。

焦った。

1年たってないので、オンサイトの修理ができるかとは思うが、そんなことより、今すぐにやらねばならないことだらけ。

私は、天草人に貸していた、このノートを返してもらい、こうして使ってるけれど、遅いなあ・・・。

環境がめまぐるしく変わる。

体が持たんよ、そしてそれは、心をも・・・。

2010年4月12日 (月)

第74回 マスターズ決勝トーナメント最終日

午前3時30分ジャストに最終2組のタイガー・ウッズのティショットから、波乱の予感。

なんと、タイガーは打った瞬間にクラブをスイングに任せ、前方に放り出した。

タイガーの打ったボールは、あわわわわ、隣の9番ホールのフェアウエイへ飛んでいったのだ。

同じ組のK・J・チエ(発音ではチヨにも聞こえる)、最終組のリー・ウエストウッド、フィル・ミケルソンも、驚いた。

それを見守っていた、キャディらや、パトロン達、大会関係者、私をはじめとするテレビ視聴者も驚き、絶句した。

結局、最終2組が上位4位タイまでの5人の中に含まれるのだが、いやはやなんとも、面白すぎるというか、波乱だらけの最終日だった。

しかし、林の中が皆さん、お好きなようで打ち込む、打ち込む、しかし、そのピンチから脱してチャンスに変えるのだから、さすがは世界一と謳われるだけの、ゴルフトーナメントの最終2組の面々である。

しかし、優勝者のボールは、パトロンが体を張って受け止めた。

おかげで優勝したようなものかも・・・で、優勝者はその命がけのパトロンへその場で手袋にサインして、お礼にプレゼントしたのだ。

く、く、く・・・泣けるねえ。

イーグルも多かったね。

ホールイン・ワンもあった。

チップイン・バーディもかなり見たぞ。

内容は、見てない人のために敢えて書かない・・・私って親切である。

2010年4月11日 (日)

マスターズ決勝ラウンド第一日目

石川遼が昨日、最終ホールでパーが取れずに、1ストローク差で決勝には残れなかった。

そして、今朝は決勝ラウンド第一日目。

いやあ、面白かったね。

「ムービング・サタデイ」というらしい(?)が、めまぐるしく順位が動く。

愛人問題でしばらく(5ヶ月)ゴルフトーナメントから離れていた、タイガー・ウッズはやはり凄かった。

凄いフックボール、ドライバーの飛距離、たまにしくじったりもしたが、パターの感覚。

ここでは決めておかなければ、面白くないぞっと!言うときに決める集中力。

おかしいのは、隣の州で愛人の一人であったポルノ女優らしきが、ストリップショーをぶつけて来たという、お話。

優勝した者が与えられる、グリーンジャケットをストリップに取り入れるとは、さすがである。

しかし、

凄かったのは、左打ちの、あれ、名前が出てこないぞ。

さっきまで話していたのになあ・・・思い出したら書こう。フィル・ミネルソンだったかなあ。

13ホール(パー5打),14ホール(パー4打)で、連続イーグル(パーより2打少なくホールアウトする)だ。

パトロン(観客でいいのかな)たちが、もう、大喜び。しばらくは歓声が鳴り止まない。

さらに15ホール(パー3打)でも、1打目が入りそうになった。

これで、いきなり、首位のあれ、名前は何だったかな?まあいいや。リー・グリーンフッドだったかな?

そして、この2つのイーグルの前後にも、二人のプレイヤーがイーグルを放つ。

もう、「打ち上げ花火ががった次々と上がったように、オーガスタに歓声がこだまする。

テレビカメラが揺れていた。

この4日間、私は風邪と神経痛のため、都合、2時間ほどしか寝ていない。眠れないのが幸いしたのか、運よくマスターズを観ることができた。今日もまだ15分ほどうとうとしただけだ。

結果は、名前を調べてから追加しようっと!明日午前3時30分からが楽しみである。

1位 リー・ウェストウッド  (-12)

2位 フィル・ミケルソン   (-11)

3位 タイガー・ウッズ    (-8)

3位 K・J・チョ(だか、なんだったか) (-8)

日本人で一人残ってた池田勇太は30位台だった。

名前は、かすってたね。残念。石川遼のパットも何度かはかすってたんだ。あと1転がりでホールに入ってた、ひとつ左右にずれてたら,入ってたとかさ。

かすってても、その1打は天国と地獄の差である。

スターウオーズ/クローンウオーズ・シーズン2

昨日の夕方6:25からタイトルの番組を観た。

教育テレビでやっていた。

ジョージ・ルーカス監修のアニメだ。

アナーキン・スカイウオーカーが主人公らしい。

毎週あるみたい。

面白かった。

面白いというのは、ええええ、こんな話も創っていたのか、という点である。

もちろん、スターウオーズファンであれば、なんでも楽しめるというもんだけど。

今度の土曜日が楽しみだ。

たそがれ日本ではないのかな?

渡辺みんなの党代表が「立ち枯れ日本?」と聞きなおしたとき、私は不埒にも「たそがれ日本」だろう。

そう思った。

「たちあげれ日本」と聴いたときの話である。

平均年齢が70近い。

この年では、いろんな病気にもなるだろう。脳梗塞、蜘蛛膜下出血、脳溢血にもかかりやすいだろう。

そうなったときに、責任は持てるのかなあ。

私の大家さんも脳の関係で、庭で倒れていたのが発見され、救急車で運ばれ、大手術の末、奇跡的に助かった。

でもこれからリハビリをしなくてはならない。

本当に「たちあがれる」のかなあ、杖は要らないのか?

すっかり「たそがれちゃった」5人組みであるが、私は心配である。

若い議員たちは、何も感じないのかなあ。

小説「たそがれ清兵衛」は、小太刀の名手で強かった。でもあれは、戦いの場が小太刀に向いていたからだ。

はたして「たちあがれ日本」の強みがあるとすれば、それはどこで生かされるのだろうか?

2010年4月 7日 (水)

パンジー

ありゃ、パンジーについて書いてないじゃないか!

紫とオレンジのパンジーが咲いている。

去年の9月からだ。

紫のパンジーは12ほどの花を咲かせ、オレンジはその半分ほどか。

よく、咲くよね。

ベランダのネギもまた。

ジャガイモの芽を植えてみた。たまねぎの根も植えてみた。

あはははは、どちらも。

サクラとパンジー

庭には2本のサクラの樹がある。

早く咲くのは、左の桜。

近所のおばさんたちの話では、このサクラの下には大家さんのお母さんの骨が埋まってるらしい。

そして、右のサクラの下にはお父さん。

ホントかいな?

お父さんのサクラは今や、わんちゃんのトイレになっている。

この先、どうなるのか?

大家さんは、脳卒中で・・・私も、そうなるのかなあ、すでに6度も倒れて、頭を打っている。

2010年4月 4日 (日)

ユースケがいる

私が生まれ育った島、対馬は日本の島基準では3番目か4番目ぐらいに大きい。

南北にただ長く、その距離は138キロだったと思う。そのくせ東西にはタクシーで4000円ぐらいである。もっとも、その東から西へ行く間には、原生林、もしくはリアス海岸があるので、良い方によれば、「風光明媚」。

一番近い朝鮮半島までは約40キロ。天候次第では「釜山」のホテルまでが見える。一方、日本までは140キロ。この島は果たして日本なのか?

「対馬」とは朝鮮から見た島影からきた名称だそうな。

2頭の馬が、向き合ってみえるから、「対馬」(テマドウ)という地名がついた。朝鮮人がつけた名称、それがずっと続いて、21世紀まできているのだ。朝鮮人が対馬は韓国領だと言い張っても仕方がないかもね。

佐賀県の名護屋城跡から、たまに対馬が見えるらしい。豊臣秀吉が、朝鮮出兵を試みた拠点である・・・らしい。

さて、ユースケである。

彼は最近4歳にも満たない若さでこの世を去った。

私に「絵日記」と「プレゼント」を残したまま、この世を去った。

しかし、私はまだそのどちらも見てはいない。

なぜ?

そういうことを知ってる?

がはははは。

対馬人だからだ。

対馬には遠く卑弥呼の時代から、預言者、呪術師、そうだね、シャーマンがいたのだ。その数は当時の半数に近いとされている。

その末裔がわたしなの、ごめんなさい。だから、麻雀では「オカルト麻雀」と見学者からいわれるほどにオカルチック。

そして今、ユースケが見てる。

大好きなママを助けてよ、と。

わたしはユースケもそのママも知らない。

だけど、ユースケが・・・見てるんだよね、あはははは、あなたはどう思いますか?

2010年4月 3日 (土)

パンジーの秘密

久しぶりに、庭に出てみて驚いた。

すでに、某ミクシーでは越冬パンジーとして、その名を・・・知る人ぞ知る。

もっとも。私が育てると、サルビアまで越冬してしまう。

これはいかなる悪魔の所為か?あるいは天使の計らいか?

9月にオレンジと紫のパンジーの株をひとつ100円で、阿佐ヶ谷パールセンターの花屋さんで買った。

それを、玄関横に植えておいたのだ。

私は、焼き魚を食べた、肉類を食べた、その残りをパンジーがそこに居座る前から埋めておいたのだ。

やがて、焼き魚は、大きな緋鯉になって、玄関横でこどもの日を飾るに違いないと。

ところが私の願いも知らずに、そこに植えた二株のパンジーはずううーっと、花を咲かせていたのだ。

この異常気象の中をだよ。

あの大雪にもめげずに、春に備えて、たくさんのつぼみをつけた。

写真がないのは、あなたの想像力を鍛えるためだ。

たんに私が怠けているからではない!決してそうではないのだ。読者のために、そうあなたのために・・・嗚呼、なんてステキな響き。

さてそのパンジー君たち。

買い求めた折には、それぞれふたつか三つしか花は咲いてなかった。

ところがどうだろう、この恥知らずな天候の中、パンジーたちはわれこそは、ここの庭の主なり、わたくしこそ、この美しき大地の女王なり・・・競い合って咲き誇ってる。

さらに、虎視眈々とその玉座をねらうツボミたち。

株別れしてるのかと思いきや、そうでもないみたい。

なにやらゆかし・・・総理の座。椅子取りゲームにも覚えたり。

パンジーだって、あこぎな真似はしない。いわんや、あー、あー、あー、あー、・・・どの国の政治家か?

2010年4月 2日 (金)

風が強いなあ・・・風の思い出

風が強い。

ん、昨日、「風のバトン」なるリレー小説をアップしたのは偶然か?

ヤクルト、ロッテも強い。まあ、こちらはおいといて。

こんなに風が強いと嫌だなあ・・・今日は銀行に何度か行かねばならないのに。

普段なら、こんなに風の強い日には、出歩かないのが私である。

しかし今日は、・・・ねばならない。

看板や、自動車が飛んで来なければいいが。

風の強い日には、お札も舞って来る。これは歓迎である。

財布から出すときに、お札が風に吹かれてしまうのだ。

私は何度かひらった事がある。

なので、今日は、お札が舞ってくるのを待つために出かけるのだ、がははは。

根室にいた。もう、31年も前のことだ。

釧路で女性と待ち合わせをしていたのだけど、根室から釧路までの250円がなかった。

私は、ヒッチハイクをしようと国道に出ようとした。

その時である。

「港へ行け」

どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。

ん、港?

なにをしに?

私は、「声」に従い港へ向かったのだ。

風はなかったように思うが、微風かな。うん、微風がなければ話があわない気がする。

私は、港に接岸している船を眺めながら歩いていた。

すると、突然である、突然、空中の割れ目から、何かが現れた。

そして、その何かは、ひらひらと舞ってこちらに向かってるではないか。

あああああああああ、お金だあ。

私はまだ目がよかったので、そのお札に伊東博文が印刷してるのが分かった。

海に落ちる前に掴まえねば、私は気色ばんだ。

しかし、お札は海に落ちる様子もなく、伊東博文はただただ、私に向かってくるのだ。

そして私の足元に落ちた。

私は、250円を残し、根室駅前の売店で「花咲ガニ」を買い、缶ビールを求めた。

うまかったなあ。

さて、今日は大量の予感。頼むぜぇ。

早朝、5時から起きてるんだからなあ、寝たのは3時半だと言うのにさ。

2010年4月 1日 (木)

風のバトン In the Wind 第二章 第39話

風のバトン In the Wind 第二章 第39話

前回までの話↓

http://abil.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/inthewind-e252.html

「じゃあ、攻撃だが、わかってるな、実戦になれることだ」

1番バッターはなんと藤村だった。

「藤村あぁ、ダブルで頼むぞ!」

「おい、あのピッチャーが一番を打つのか?」

「どうもそうらしいですね。何しろ、実戦は、はじめて見ますから」

「ダブルでいいとはどういう意味だ、まさか2塁打を打つつもりなのか?あのピッチャーもうちの3,4番と並んで来年のドラフト候補だぞ。すでに10球団ほどが毎日のように偵察に来ているんだ」

「そうですか、そりゃあ、いい相手に巡りあえました、なにしろ」

「ええーい、もおお」

そう前田監督が言い終わらないうちに、打球はライトのセンターよりに飛んでいた。

普通なら、シングルヒットだろうが、藤村は止まらない。ライトからの返球がセカンドに来たときには、藤村はすでにベースの上に立っていた。スタンディング・ダブルである。

またまた、応援団の声がすごい。

みんな抱き合って喜んでいる。

「想像以上だわ、あのイガグリ君」

「コーチ、あのイガグリ君、藤村君ですよね。すごいですう」

「なんだあ、あいつ、さっきのピッチングもすごいが、バッティングセンスも走塁もすごい。どこにいたんだ、あんあやつが。しかし、どうやら、あのイガグリ頭のワンマンチームのようだな。だったら、これまでだ」

2番は左の亀井だった。身長だけなら木下よりも高いだろう。

「亀井い、サインは無しだ、思いっきり打ってみろ」

第1球が投じられた。だがそのときには藤村はサードを狙って走っていた。キャッチャーがサードに投げようとしたときには、すでに藤村はサードを陥れていたのである。

また、また応援団が大騒ぎである。

「藤村クーン」「ふじむらっくーん」

「さすがは、4継の第一走者ね。ものが違うわ」

古田も舌を巻いた。

「どうなってるんだ、おい、品村、俺はまだ寝ぼけてるのか?」

「さあ、私も見るのは初めてですから」

その間に亀井はピッチャーフライに終わった。

「いいぞ、いいぞ、あのボールに当てたんだから、たいしたものだ。次は打てるさ。よーし、木下、4つだ」

「おう、任しておいてください」

木下は、左バッターボックスに入る前に、大きなスイングで、3度、4度。

すでに狼狽している前田監督は言った。

「4っつだと、おまえのとこは、あの藤村とか言うイガグリ頭のワンマンチームじゃないのか」

「さあ、私も見るのは・・わおおおお」

前田監督も木下の打球を追ってガバッと顔を上げた。

その打球は外野のフェンスを越えていた。

「すごいよ、すごいよ、純ちゃん、すごすぎるよ」

弥生は体を震わせていた。

もちろん応援団が大騒ぎしている。

蝶子が弥生に言った。

「木下君て、何でもすごいんだね、私、うらやましいわ」

蝶子は、堀井君はどんなプレイをするんだろうか、応援団席の前まで行って、身を乗り出し、ベンチの中を覗こうとしていた。

そして、風間もまた強烈な打球で、外野フェンスを直撃。あまりの打球の強さにシングルヒットとなった。

応援団席もさることながら、前田監督は顔色を失っていた。

「問題は、次の小笠原だなあ、打順もこれでいいとは思えないが」

小笠原は、練習の成果を生かして、送りバントを決めた。

「僕はどうしましょうか?」

今井は、谷田監督に聞いてみた。

「次は堀井だから、練習にはならん。好きにして来い。上の連中を喜ばせてやれや」

今井は、応援団席に向かって、バットを構え、そのまま反転すると、外野席に向けた。

応援席はざわめいた。

「今のは何?」

「ホームランを打つってことなの?」

「なにいいい、あのやろう、予告ホームランのつもりかあ」

「そうみたいですね。あいつは目立ちたがり屋ですから。さっきのダブルプレーもそうでしたでしょ、何もあそこまでやる必要はないんだ」

大宮西野高校のバッテリーも頭に来てた。だが結果は、応援団を喜ばせることとなった。

「堀井、俺たちはお前のことはようわからん。好きにしてくれ」

谷田監督はそう言ったが、3点目のホームを踏んだ風間は付け加えた。

「遠慮するなよ。一番遠くまで飛ばして来い!」

蝶子はそわそわしていた。1年生のビッグ4である、藤村、木下、今井はすでに恐るべき結果を出している。一番足の速い堀井君は彼らに比べどうなのだろう。

あっ、あれっ、蝶子には、右バッターボックスに向かう堀井の周りに風が吹いているように見えた。

ドキドキしていた。これはなに?

キャッチャーがただならぬ気配を感じたようだった。

「いいかあ、落ち着け。低めだ、低め、おまえのボールは来てるんだから」

一生懸命、ミットで抑えるように指示を出した。

一球目は、外角いっぱい。

「ナイスピーよ」

「おい、あいつか、堀井翔とかいうスプリンターは」

「おや、ご存知でしたか」

「そりゃあ、そうだが、あいつ、野球もできるのか?」

「いやあ、私は、実戦で見るのは・・」

キン!

堀井のバットから金属音がこだました。

「きゃああああー、行けええええ、行けええ」

蝶子は他の誰よりも大声を出していた。

ゆっくりとグラウンドを一周する堀井の姿は、いつものランニングをするときのそれだった。

今井がホームランを打ったさいにやった、ソク転からバク転みたいな派手なことはやらなかった。

 

2回を投げた藤村に代わり、マウンドには木下が立っていた。外野の亀井がファーストに入り、藤村はライトを守った。

左腕、スリークオーター気味のフォームから繰り出される、速球と変化球には、左打者は何もできなかった。右打者はといえば、クロスファイヤーの気味で向かってくる球に体ごと引けてしまっている。

「あの男はピッチャーもやるのか、すごいやつだなあ・・・もっと勉強させたいが、時間だ、今日はこれまでにしてくれんか」

「あ、そうですね、ありがとうございました。」

「いや、礼を言うのはこちらだ、また明日も頼む。それどころか、競技会が終わったら、練習試合を頼みたい。何試合できるかわからんが、少しでも多いほうがいい。考えといてくれないか」

前田監督は深々と頭を下げた。

「と、とんでもないです、こちらこそ、こんなすばらしいグランドで、すばらしいナインを相手にさせていただき感謝しています。それからですね、堀井も投げますから」

「な、あいつまでもか?」

「ボールの速さ、フォークボールは・・・たぶん、・・・超一球品だと聞いています」

「そ、そうか、それは楽しみだな、よーし、うちのやつらを鍛えなおそうじゃないか。いや、鍛えてもらいたい」

品村は前田監督とがっちり握手をした。目指すは、高校の部、大学の部、ともに明治神宮大会の優勝である。

こうして、星緑院大学の面々は大学へと戻った。

一方の応援団である女子部員たちが帰りのマイクロバスの中で、未だ興奮冷めやらずというところか、その騒がしさは、これから先、大きな不安を抱かせるに十分だった。

「あ、お弁当・・・」

風のバトン In the Wind 第二章 第40話に続く

風のバトン In the Wind 第二章 第38話

風のバトン In the Wind 第二章 第38話

前回までの話↓

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めずらしく、古田美奈コーチがグランドに来ていた。100mのスタート地点でなにやら説明している様子だ。

そこへ、ドタバタと息を切らせながら渡瀬弥生が走ってきた。

「おやおや、思考と手足がバラバラね、それじゃあ、マネージャ時代のあなたの走り方じゃないの。何かあったのね?」

「もう、冗談じゃないですよ、はあ、はあ、古田コーチ、弥生は、はあ、もう付いていけません」

「だからどうしたのよ?」

「品村コーチったらひどいんです。20日は競技会の1次予選と2次予選です。その3日前、17日に、男子の野球部は、練習試合をするって言うんですよ」

「えー、知ってるわよ。甲子園出場常連校の大宮西野高校とやるんでしょ」

「だって、3日後には、100mと4継の予選ですよ。いいんですか?」

「大丈夫じゃないの、私は、17,18日の早朝に練習試合を2試合すると聞いてるわよ」

「そんなの無理です。それじゃあ、今でさえ、夕方会うのも難しいのに、朝から練習試合なんかしたら、もう大会が終わるまで、会えませんよ!」

それを聞いた、蝶子をはじめとした、つばさも、しのぶも、誰もがどきりとした。

「何言ってるの、弥生、あなたは自分がなにを言ってるのかわかってるの?」

「だって、ずっと話もできませんよ!そんなのってありなんですか!ずっと練習だけで、しばらくは純、あ、木下君と会えなくなるじゃないですか!」

弥生はすでに涙を流している。

古田はクスリと笑った。

「だったら、その練習試合に応援に行けばいいじゃない。私も興味があるわ。だって初めての実戦になるわけよね」

「あ・・・でも、それじゃあ、4継の練習がおろそかになります。せっかく市営競技場を借りてるのに。タータントラックでは、まだ練習が足りないから・・・」

「ふふふ、それは付け足しなんでしょ?いいじゃない、品村コーチを始め、メンバーも納得してるのだから」

「でもおぉ・・・それじゃあ、ますます会えなくなります。しくしく」

蝶子や、つばさの眼が光った。

「私、応援に行きます。お弁当作ってくんで、食べてもらいたいです」

「あ、それ、私も」

ほとんどの部員が応援に行きたいと言い出した。

誰もが、神宮大会でも優勝して見せると大見得を切った、風間たちの野球がどんなものかを知らないのだ。

「わかったわ、私が、マイクロバスの手配をするから、朝5時に正門前に来て頂戴」

エーン、エーン、弥生はわざと声を上げて泣いてしまった。

早朝6時、すでに大宮西野高校の野球専用グラウンドでは、試合が始まろうとしていた。

なぜか、品村は相手ベンチにいて、西野高校の前田監督の側で話していた。

「おい、品村、本当に大丈夫なんだろうなあ、おまえの願いだから無理したんだけど、我が高も、神宮大会高校の部ではエントリーされてるんだからな、つまらん試合をしたらただじゃおかんぞ」

「まあ、まあ、先輩、私もまだ実戦は見たことが無いって言ったじゃないですか。何を隠そう、これが彼らの初戦なんですから・・・自信をなくさねばいいんですがね」

「まあ、だめだと思ったら、試合を打ち切るまでだ」

マウンドには藤村が立っていた。1塁に木下、2塁が鈴木、3塁が小笠原、遊撃手に今井、左翼に松本、中堅に堀井、右翼には亀井がいた。

「さあ、やってやるぞおお、みんな、緊張するんじゃねーぞおお」

大声を張り上げたのは捕手の風間だった。

「よーし、サード、小笠原から行ってみようかあ」

風間は左バッターボックスに1番打者が立つと、構える前に、そう叫んだ。

藤村はコクリとうなずく。

「なに?おい、品村、どういうつもりだ。あの投手のスピードなら、らくらくホームランだぜ」

「さあ、何しろ私も見るのは初めてですから」

二人の会話の間に、バットがボールを叩く音がした。

「サード!」

打球は激しく小笠原の前でバウンドし、その胸に当たった。慌てて拾う小笠原だったが、ボールに手がつかない。

「よーし、オーケー、オーケー。それでいいぞ。じゃあ、もう一度いってみるか」

2番バッターは、右バッターボックスから、どうしたものかと前田監督を見た。

「かまわん、好きなように打て!大きいのでかまわんぞお」

「おや、おや、送らないんですか?」

「サードに打たせると言ってるんだぞ、内角に来るんだろう、思いっきりホームランを打たせてもらうさ」

1球目は外角へのゆるいスライダーだった。

2番バッターは、前につんのめりそうにながら、見送ってしまった。ストライクである。

「なるほど、サードへ打たせるというのはブラフか?」

「まさかでしょう、風間と藤村はそういうことはしませんよ」

藤村の2球目は、バッターが待ってましたと振ることができる内角の真ん中の高さである。

「しめた!」

しかし、思いっきり振った打球は、力なくサードの前に転がった。ダッシュで手に取った小笠原は、1塁へめがけて投げた。

しかし、その送球は、木下のライトよりに反れ、しかも高かった。だが木下の反応はすごかった。思いっきりジャンプしてキャッチしてしまったのだ。だが1,2塁オールセーフだ。

「きゃっ、純ちゃん、カッコイイ」

弥生は両手を胸の前で合わせて喜んだ。他の応援団もまた、キャイ、キャイ、喜んだ。

「ほう、あのファーストはやるなあ」

「そうですかね、1,2番ともサードに打たされてますが?」

「うむ、カットボールかなあ、沈む球を投げているんだろうなあ。一見打ちやすそうだが」

「サード!ドンマイ、ドンマイ、今ので十分だ。じゃあ、次はセカンドだ、鈴木、行くぞ!」

これには、来年のドラフト候補生の一人でもある、左打ちの3番バッターもカチンと来た。ボックスをはずし、2度、3度と素振りをくれた。

「ほう、ナイススイング、一丁、セカンドに打ってくれや」

藤村は1塁、2塁を目でけん制しながら、真ん中高めに投げた。

バッターが思いっきり振ったところで、ボールは大きく内角へ曲がった。

「し、しまった」

バッターがそう思ったときはすでに遅かった。打球はつまった感じで、鈴木のグラブに納まり、ボールはショートの今井のグラブに納まった。その瞬間、一塁ランナーのスパイクが今井を襲う。

今井は、何事も無かったようにジャンプしながらボールをファーストに投げ、ランナーを交わして、前転し立ち上がった。木下は、思いっきり右足を伸ばすとズッと滑らせ、ぴたりとグランドに。それはダブルプレーの完成だった。

「きゃあああああ」「キャアアア」

応援団は大騒ぎだった。

「なに、あれ、見たあ、見ました、コーチ」

「うん、今井君てあんなにすごいんだ!びっくりしちゃう」

「今井クーン!」

みんなの声が飛ぶ。

今井は、軽く帽子を取って答えた。

「なんだ、あのショートは、あんなプレー、日本のプロでもなかなかお目にかかれないぞ。それにファーストのやろう。やつらは何者だ?」

「私も初めて見るんですからね。それより、3人とも注文どおりに打たされましたね」

「くっ、だが、4番こそ来年のドラフトの超目玉だ。ランナーは3塁にいる。あのピッチャーじゃ持つまい。でもなあ、敬遠はなしだぞ」

「当然でしょう、胸を借りてるわけだし、逃げてどうします」

「よーし、藤村、3球でいいぞ」

サードに目をやりながら、藤村はうなずいた。

前田監督が驚いた。3度続けて息を呑んだ。

「なんなんだ、あのピッチャー、っ知らんぞ。俺は藤村など去年聞いたこともなかった」

「ほらね、送っとけばよかったでしょう?」

「よーし、ご苦労さん。みんな上出来だ」

選手がベンチに駆け寄ってくるのを迎えたのは、谷田監督である。

「鈴木、おまえやるじゃないか、小笠原もなかなかいいぞ、後ろにそらさなければおまえの勝ちだ」

風のバトン In the Wind 第二章 第39話に続く

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