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2009年6月28日 (日)

マイケル・ジャクソンが亡くなって

マイケル・ジャクソンの訃報を聞いてほぼ24時間が経つ。

ロスの知り合いにも自殺かと尋ねたら、そうではないみたいらしい。

なんで、アルバム1枚で1億400万枚だか500万枚高も売り上げた大金持ちが借金まみれにならなくてはならないのだ。

なぜネバーランドを造らなければならないのだ。

ディズニーランドを貸し切ればいいだろうに。

私には、よほど、取り巻きが悪かったのではないかと思うしかない。

私は小物であるが、なぜか社長をしていた時期がある。

すると寄ってくる。たかりにくるのだ。

飲食費、タクシー代はほとんどが私もち。

しかも行きたくもないランジェリーパブ、その他。

勝手に女の子を指名し、そのすべてを私が支払うのだ。

マイケル・ジャクソンとは桁が数千倍違うと思うが、そういった集りが集まるのは世の習いなのだろう。

死亡鑑定まであと1ヶ月かかるというが、体を切り刻まれ、克明に調べられ、本人の魂は何を思うのだろう。

あの世ではムーンウォークならず、ヘブンウォークでもやってるのかなあ。

1度、横浜アリーナで彼のステージで喚起乱舞させてもらったことを思い出す。

私より1歳若い、どうか安らかな眠りを。

2009年6月 6日 (土)

対ウズベキスタン

さあ、後4時間後。

日本はどうなることやら。

天気は雨らしい。

勝てばワールドカップ出場が決まる。

ただなあ、本大会の南アフリカ、大丈夫なのかい?

2009年6月 5日 (金)

天安門事件

この事件のとき、私が所属していた会社には二人の中国人研修生がいた。中国人といっていいのかむしろ北京人、上海人というのがふさわしいだろう。何しろ二人の会話は通じないのだ。

驚いたね。

その二人にソフトウェアを教えねばならない。どちらもその地域のエリートである。私なんぞが。

その彼らが、腕に黒い・・・ハンショウとかをつけている。どの字かわからない。反証、範唱、・・・たくさんあるね。

その天安門事件のおかげで、中国、西安の仕事が終わらずに、私が代わってタイの仕事を引き受けることになった。

7日で終わる予定だった。

だがとんでもない。

大T芝さんとあろう方が、驚いたね、コンピュータにヒューズがないのだ。

え。

通電しませんよ。

あんたら、これで輸出したの。

どういう仕組み。

プログラムもなんもあったもんじゃない。

全部作り治しだ。

設計図もみんなでたらめ。

それで、2ヶ月かかった。

ばかばかしい、そう思ったが、おかげで私はタイに2ヶ月いることができ、800万円を。

多くの大T芝の社員、外注さんはクリスマスには帰りたい、そう言ってたけど、私は嫁さんをほったらかしながら、タイの正月も見たかった。

しかし、意地がある。

私の造ったソフトにバグ(不具合)はない。

私はプリンタもない環境で、自分の造った1万行近くのプログラムを暗記していたのだ。おおお、天才級だね。

だから、絶対にハードがおかしい。私はそう言い張るが、周りの目は厳しい。ましてクリスマスには日本に帰りたいのだ。

私はみんなに協力してもらい、土曜日に工場へ来てもらった。

そしてベルトコンベアを動かしてもらう。

2時間、そしたら、ブラウン管が吹っ飛んだ。

「そこ!」

私はベルトコンベアの一部を指した。

ハード関係の外注さんがそこを開けた。

「こりゃなんですか、これじゃあおかしくなるのも無理はない」

大T芝さんは青くなった。

外注さんがそっとささやいた。

「気持ちいいね」

それで私たちはクリスマスまでに帰ることができたのだが、そうか、天安門事件から20年も経ったのだ。

それで、中国は、日本は、何より私はどうなったのだ。

2009年6月 3日 (水)

どこからプルトニウムを入手するのか

私はその方面にも経済学にも詳しくはない。せいぜいマージャンには負けないぐらいかなあ。勝てないかもしれないが。

北朝鮮が、なぜ、報道されてるようにミサイルを作れるの?しかも核爆弾搭載だ。

国民の食糧を奪ってミサイルを作ってるの?

国民が飢え死ににしてもなお核ミサイルを作りたいの?

その意味が知能指数が「ロドン」の私にはわからない。

世界を敵に回し、なおかつ、国民には飢えを強いる。

あ、私の名前は銀正日である。その私をもってしてもわからないのだ。

平壌、この地は歴史上いつもあらゆる国から襲われている。

いったい何があるのか?

奪われてはならない何かがあるから、核兵器を、国民が飢え死にしても作らなければならないのか、残念ながら、「うどん」の私にはもっとわからない。できれば「ゴボ天うどん」ぐらいにはなっておきたいかなあ、なあ、金さん。やっぱし、銀ではムリか。

2009年6月 2日 (火)

この稚拙な私の日記に意見をありがたく思います

こんなことを書くのはおそらく初めて、10年以上ブログというのを書いて着て初めてかと思います。

あれ、なぬを書こうとしてたのかなあ、ブログ暦を計算してたら、あは、ごめんなさい、忘れてしまいました。

そうだよね、信長言うところの、「人生50年」わたしはっとっくに。

医者が言うところの「あんたは生きて52歳までだ」

あと、2ヶ月でその日はやってくる。

でも私はすくなくとも2050年までは生きると決めた。

へへへ。意外としぶといかもよ。

あれえ、何を書こうとしてたのかなあ・・・認知症かもなあ。おお嫌だこと、おほほほ。ごめんなさいね、母が。

麻生太郎政権にお願いしたいw

私は体が弱いのだ。

たぶんあなたには無理だと思うが、日に10度も上下するようなこの温度差をなんとかしてくれませんか。

そういう知恵はありませんか?

あいにく私にはそういう知恵はありません。

もしかしたら・・・というアイデアがないでもありませんが、補正予算があれではねえ、口出しできる隙間もありません、まして死にぞこないの民間人ですからね。

日に10度も差があるとねこんでるしかないよおおお、 きゃっほおおおおおおお。

今日もまた締め切りか

自分で決めたしめきりだからなああ。

今日中にリレー小説を書き上げないと。

なぬ。なぬ。

話は出来てるのだ。

後はそれを本当と思い込ませるデータ、そして読者がホントかもしれないと思うデータだ。

大丈夫、リレー小説「風のバトン」第20話か21話。

ちょっとばかし長くなるかもしれないけど、うーん、携帯電話向けだからなあ、ここで弱ってる。

もっとも編集者が分けてくれたらいいかもね。

でも、がはははは、私が書くのだ、・・・・どうだかなあ。

今日もまた締め切りか

自分で決めたしめきりだからなああ。

今日中にリレー小説を書き上げないと。

なぬ。なぬ。

話は出来てるのだ。

後はそれを本当と思い込ませるデータ、そして読者がホントかもしれないと思うデータだ。

大丈夫、リレー小説「風のバトン」第20話か21話。

ちょっとばかし長くなるかもしれないけど、うーん、携帯電話向けだからなあ、ここで弱ってる。

もっとも編集者が分けてくれたらいいかもね。

でも、がはははは、私が書くのだ、・・・・どうだかなあ。

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