佐賀北高校優勝と広陵高校監督の発言に思う
以下の赤くした記事、写真は日刊スポーツそのものからもって来たものである 広陵監督「判定ひどすぎ」/夏の甲子園 |
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| (日刊スポーツ - 08月23日 10:13) | |
<全国高校野球選手権:広陵4-5佐賀北>◇22日◇決勝 怒りに震えていた。40年ぶり3度目の決勝で敗れ、悲願の夏Vを逃した広陵・中井哲之監督(45)は、8回の審判の判定に本心を隠さなかった。「ストライク・ボールで、あれはないだろうというのが何球もあった。もう真ん中しか投げられない。少しひどすぎるんじゃないか。負けた気がしない。言っちゃいけないことは分かっている。でも今後の高校野球を考えたら…」。試合後のベンチで思いを吐き出した。 特に問題視したのは、4点リードの8回裏1死満塁。カウント1-3から、エース野村祐輔(3年)が投じた1球だ。佐賀北・井手に、外角低めにこん身の直球を投げた。しかし桂球審の判定はボール。押し出し四球で1点を与え、続く3番副島の逆転満塁弾につながった。ボール判定の時、普段はポーカーフェースの野村が驚きの表情を浮かべ、捕手の小林誠司(3年)はミットで3度地面を叩いた。この光景が中井監督の胸を打った。「あの1球は完ぺきにストライク。ウチでは審判の判定にどうこう言う教育はしていない。その子が言ってくるんだから。キャッチャーは『どうしたらいいですか?』という顔をしていた」。 7回まで1安打の好投も逆転負けを喫した野村は「狙った所には投げた。思い切って投げたので、悔いはない」と話すにとどめた。選手は不平を言えない。同監督は宿舎に戻っても収まらなかった。「子どもたちは命を懸けてやっている。審判の権限が強すぎる。高野連は考えてほしい。これで辞めろといわれたら監督をやめる」。3度目の決勝も敗れ、後味の悪い夏の終わりとなった。【田口真一郎】 |
私は、佐賀に5年は住んでいたし、東京に出てきてからというもの家族の下(対馬)には帰らずとも、佐賀には随分と泊まり歩いていたし、半月ほど、ずっと元大家さんちに泊まりこんでいたこともある。
7回まで、佐賀の左バッターは、広陵の野村投手の膝元から落ちるスライダーにことごとく空振りし、三振の山を築いていた。
見逃せば、完全なボールだと私には見えた。よほど切れ味が凄かったのだと思う。
だが、8回になって、突然その左バッターたちが、今までバカみたいに空振りしていたボールを、平然、悠然、泰然、ごく自然に見送っていた。
もう、
「これはボールになる」
確信した見送り方だった。それだけ、きれがなく、スライダーではない、お辞儀するボールになっていたのではないか、私にはそう見えた。
中には、確かに広陵の監督の言う、1球もあったかと思うが、あのときすでに野村投手のボールは全て死んでいたのだ。
そうでなければ、あんな見逃し方はしない。あるいは、見逃せば完璧なボールだとようやく気づいたかであるが、私には、もう、見切っていたのだとしか思えない。
もし、見逃したのがストライク臭かったのなら、バッターは主審を振り返っただろうが、そういうそぶりも見せなかった。
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高校野球が危ない! 著者:小林 信也 |
広陵の監督は、文句を言うぐらいなら、なぜあの時タイムをかけて、投手の間を取る、あるいは交代を告げなかったのか。もう守りのタイムが無かった??
あの見逃し方を見たとき、私はもしや逆転するのでは・・・という気がした。
過去、1大会において、3本以上のホームランを打った打者は、清原をはじめ複数いたような気がするが、この副島の3本目のホームランほど価値あるホームランはなかっただろうと思う。
それに佐賀北高校は普通の高校である。特別野球部に力を入れてた学校ではない。専用のグランドすらないのだ、いわんやナイター設備をや。
西武の黄金期を支えた辻内野手は東高じゃなかったかなあ(まちがってたらごめん)。佐賀のリトルリーグとかは強かったのであるが、将来性アル選手は高校進学時に県外の高校からスカウトされていた。
だからこそ、この佐賀北の優勝はすばらしい。
惜しむらくは、広陵の監督さんよ、荒涼とした意見は止めて欲しかったなあ・・・あなたの気持ちは分かるが、立派に闘った選手らが可哀想である。
また、佐賀北の監督がいい。
多くの監督は選手を「子供たち」と呼ぶケースが多い。高校生が子供か!立派にSEXもする、バスジャックもする、もう子供ではないのだ。それに対し、この監督は「生徒」と呼んでいた。
私は、これこそが監督のあり方だろうと思う。
願わくば選手たち、ハメをはずすことなく、青春を謳歌して欲しいものだと思う。
Aglocoで佐賀北の優勝祝いだああ




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投稿: | 2009年5月13日 (水) 15時44分