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2006年10月31日 (火)

彼の責任は「何より」重かったのか

「いい気なもんである」なくなった方へこんな言葉はどうかと思うが、さすがに私らしいと、勘弁してもらいたい。

茨城県大子町の県立佐竹高校、高久裕一郎校長(58)が自殺したらしい。

あなたが死んだら、次の言葉はなんだ。

「保護者への説明は重いな」

「私の判断の甘さが生徒諸君に不安を与えたことをおわびします。受験を控えて大切な時期。本当に申し訳なく思っています」

死んでしまったら、それはただの逃避ではないのか。

あなたは、生きてるうちにはいろんな出来事があり、大きな問題や困難に打ち勝つ努力を、若い者に教えるべき立場に有ったのではないのか!

本当に申し訳なく思っていたら、死ねないだろう。

まずは、この問題に対してどうするのか、それを訴えるべきではないのか。

死んだのがまた山の中だとお、どうせ死ぬなら、山の中ではなく、教育委員会のあるたてものないしは、文部科学省の前で抗議の焼身自殺でもしろといいたい。

「プラハの春」では、ソ連の暴力的政治的侵攻に対して、チェコスロバキアの学生が抗議の焼身自殺をした。

韓国や中国でもよくやるが、いや、私は焼身自殺をすすめているのではないのだ。

なぜ抗議をしなかったのかということだ。

「責任の重みは何処にある」

なにが、「説明は重いな」だ。ではばれなかったら、のうのうと定年を待ってたというのか。

高校全校で、ストライキを打つぐらいの気概はもてなかったのか、親分がやらずにどうする。

誰かが死ぬだろうとは思っていたが、あの「いじめ」教師ですらのうのいうと生きているんだよ。

太子町は近くに久慈鳥とかいう、おいしい鶏が名物ではなかったか?「太陽の温泉」や、でっかいバンカーのゴルフ場がなかったか、私の知る限りではそれくらいの町だが。ゴルフ場へ向かう、朝もやに煙る川の景色が忘れられない。

高校生は思うはずだよ、困ったら、自殺すればいいんだ、いじめられたら、恨みつらみ、名残惜しさを遺書に残して、死んでしまえばいいんだ。

それが、高久校長さんよ、あなたの教育方針だったのかい。あの朝もやの中に消してしまっていいのかい。

仮にも学校の責任者で高い給料をもらっていたんだろうが、死んだら退職金に恩給までつくのかい。職場を放棄してだなあ、いい気なもんだ。

県警のヘリコプターまで捜索に使ったというじゃないか、迷惑を考えろ!                      Dimg1146

アー情けない。

私事で恐縮でもなんでもないが、大学の卒業式の後の謝恩会の2次会、各教室での酒盛りで、私は天下りの教授のとこに乗り込んだ。

「おまえの、授業は授業じゃない、アンなのが授業だったら恥ずかしい。俺は単位なんかいらないから、不可にしてくれ。卒業はなしにしろ、だって、俺は57点、立派な赤点じゃないか、俺を卒業させるなら、54点のあいつも、48点のあいつも、みんな同じ赤点だろうが、卒業できて当然じゃないのか、ふざけるな。あいつらこそ卒業したいんだぞ」

みたいなことを叫びまくった。この話は1時間もせずに各部中の知るところとなり、私は研究室の院生ら3人につれだされ、美人のおねエさん院生にこっぴどくしかられた。

「やるなら、場所を選びなさい。他の学生は楽しんでるんだから。それに、卒業生の中にも該当する人が何人もいたんじゃないの」

そうだなあ、カンニングだけで卒業したやつらが多い。それほど勉強するに値しない授業だったのだ。

私はといえば大学に残りたかったのである。

それが、私が大学にいると悪影響が残るとの陰謀により、無理やり「不可」である成績を「可」にされ、追放されたのである。

のちに、この文部省か、農林省の天下りおじさんは早死にしたが、原因の幾らかには私がかかわっているだろう。すまないことをした。

だが、助教授連中からは、大学に遊びに行くたびに。助教授連中から、よくやってくれた、よくやってくれたと、じゃんジャン飲まされた。みんな天下りをなんとかしたかったのだ。

私はまだ思う、全国の高校生諸君、立ち上がりなさい。

不安がらずに、ぐちゃぐちゃ文句を言わずに、大人の犠牲になることなく、今こそ立ち上がるべきだろう。

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2006年10月30日 (月)

信じられないぐらいの予想外だ

昨日が、「シンジラレナーイ」の余波で大変だったのに、なんと、「予想外」の出来事が起きてしまったのは「想定の範囲内」?

某ソフトバンクM社の番号ポータビりティ(持ち運び制)の話である。

これは、会社を上記の会社と別通信会社が絡むから、他社も人事ではない。

そんなこと当たり前。なにしろ、普通にやっても1時間ぐらいかかるらしい。

この新制度、以前から、会社が変わると番号が変わるのは非情に迷惑な話だと不評でずいぶん期待されたものだったし、準備期間はかなりあったはずだ。

私は今でも、知らない番号が来ると怖いので、取らない。だって、「誘拐事件」「失踪事件」に巻き込まれる、「幸恵不明になって、探しに来て」とか「おまえなんか死んでしまえ」まであるんだから。

このシステムは大歓迎なのだが、始めからあって当たり前のシステムである。

とにかく新番号の時は先にメールしとくか、共通の知り合いに頼んでね。

携帯会社を乗り換えるには、まず、利用中の会社から予約番号を受け取り、移転先の会社の販売店で予約番号を示して両社間で顧客情報を照合しないといけないへぼなシステム。

だから、この会社のシステム障害は他社の業務にも支障をもたらすのは至極当然の成り行きである。

おまけに23日に社長だか、会長だかが加入者間の通話料金、機種変更、新規購入などを「¥0」とかやったもんだから、さあ大変。

また新たな定額料金制度の導入を追加発表。

これは事前に情報が漏れるのを防ぐためだというが、

「社内でもほんの数人の幹部しか知らなかった。販売店や営業マンにも発表当日まで知らせなかった」

と先述の彼が戦術だったと発表。

その戦術はさらに続き、ここまで新サービスの発表を繰り返した彼の意図は。

携帯電話が使えない不安と恐怖を社会に植えつけるためだと私の神の目といわれる、くりっとした、澄んだ瞳は見ておる。

しかし、これは一種の暴力ではないのか。

例えば、JR線の飛び込み自殺で、数万人以上の人々が迷惑するのとなんらかわらない。

Cat060916_199 あわてものは、人の混雑振りにお祭りだと勘違いしてしまうかも。

もしかしたら、事故、死亡事故、仕事の不履行などを招いたに違いない。

私などはやっとくどき落とした女性が、私のせいではないのに、こんな日を選んだ私が悪いと、もう、口を利いてくれない始末。もっとも電話ができないのだから・・・当たり前か。

テレビでは4時間待ちのビラまでは見た。でも8時間待ち、それどころか、これまた教育界同様、どこまでつづくぬかるみぞ。

しかし、教育界は「信じられない」と「予想外」で、ずいぶん救われたもんだな 。

文部科学省の大臣賞ぐらいはもらえるはずである、と私の神の・・・・。

さて、携帯電話大手3社ドコモ、KDDI、ソフトバンクは、今後いったいどうするつもりなのだろうか。

あの時と同じなのである。

そう、大銀行の合併によるメガバンク誕生のときと。

答えはわかってる。

私がこうやって遊んでるからだ、がははは。

簡単な話に変えようか、ヒントをあげましょうね(あー私って親切がキビ団子に抹茶をもって歩いてるようなやつだなあ)。

Dsc00056 先ずはじっくり鹿でもみてください。(長崎県対馬の鹿牧場にて)

まさか、あなた、鹿がシステム組むと思ったんじゃないでしょうね。鹿だけじゃ無理だよ。

例えば家を建てる。

A、B、C、Dはそれぞれ、かんな、のこぎり、くぎうち、防水が得意なのだ。それどころか、この4人はそれぞれの分野では超一流である。

あなたは、どう考えますか。

2006年10月29日 (日)

シンジラレンーイ、それでもヒルマン

「シンジラレナーイ」

「北海道のファンは世界イチイー」

のヒルマン北海道日本ハムファイターズの監督が退団するという。

さらに、小笠原道大もどうやらそのつもりらしい。

おやおや、まだアジアNO1決定戦もあるというのに、新庄もいないが、こんなでも、ヒルマン!

「いつまでもつかわからないから」

そう言って饅頭を売っていたおばちゃんの言葉を思い出す。今売れに売れてる饅頭、背番号にあやかり1個88円だとか。彼女が一番ファイターズのことを知っていたのか?

「ヒル饅頭」だか「饅頭ヒルマン」だとか、もうすでに彼女の頭の中には、次の新製品を考えているのだろうなあ。

悪魔の10月だったのか

いやあ、もうすぐ寝ると、11月だ。

思えばこの10月は、いい天気だったのか悪い天気だったのか、起伏が激しかったように思う。天候とくに気圧で私の体は激しく狂う。

私の体調が狂うと世の中も来ることを発見。

ということは、私の体調は世の中のバロメータかい?

まだ、明日(29)の天皇賞、浅田真央のフィギアもあるというのに、私の心は11月に飛んでいる。

それほど、辛い月だったのだろう。

なにが辛いかといってもつらいことが多すぎて、まずは、飲酒運転などによる交通事故の多さ、ついで教育界のでたらめさである。

がははは、私の辛さは地球の重みなのだ。

阿倍新首相が「教育の充実」みたいなことを、政治の柱のひとつに持ってきてなかったかなあ、あまりにも皮肉なことではないか。

もう、抜本的改革とかの生易しい言葉ではすまされまい。

とういことは、前首相は「自民党をぶっ壊す」といってはみたが、壊れたのはなんだったのか?

阿倍さんは「教育界をぶっ壊す」と錦に旗を掲げるべきである。

さもなければ、現高校生が、全員ストを打つべきだろう。3年生はセンター試験拒否、卒業拒否。

だって、文部科学省定めるところの「高校生としての履修」が完成していないのである。完成どころか、完遂でもないや、手さえつけてないのである。

どう考えても卒業させられるのがおかしくはないかい?

大人の自己中心主義からくる、奢り、怠慢、専横何でも押し付けられたのは、高校生なのだ(本当はもっと若い頃からだろうが)。

一番の被害者なのだから、胸を張って全員で卒業を拒否すればいい。

するとどうなるか。

まず、高校の設備が困るだろうから、バイトには困らないぞ。教室、机、イス、トイレと、建設業界、営繕による家電業界まで世の中は好景気になる。

一方新大学生の入学金を心待ちにしていた大学も経営不振に陥ることは間違いない。どんどん潰れるだろうなあ。

予備校生にしたって、面白いはずがない。現役高校生が、誤った道を歩まされて、闘おうとしているのに、ライバルが減ったと志望校に進めるものだろうか、予備校生もまた、現役高校生と同じ道を歩まされてきたんだよ。

あなたの内申書をみせてもらってごらん。受けたこともない授業を履修したことになっているのだ。

あなた(だけとはいわないが)の人生の基礎はうそで固められたもの以外の何物でもないのだ。

ここで、大人たちは、何とかしてあげないとかわいそうだ、50時間だ350時間だ、補講だ、本を読んでの感想文だとか代替案を模索しているが、本当にそれでいいのかい。

あなたたちの一部を、日本史しか知らない「かたわ者」だと声を大にして、教育者やマスコミたちが言ってるのが聞こえないのかい。

別に世界史を知ったところで、あなたの将来がどう変わるのか、私の関与するところでもないし、心配する必要もないが、寂しかったのを覚えている。

私の外国人の友達の話だが、そいつの国の話をしてるはずなのに、ええ、そんなことがあったのか、ちょっと質問すると、自国の歴史についてほとんど知らない。

彼の場合は、勉強したくてもできなかったからである。勉強よりもその日の糧に追われていたのだ。

でも彼にも自慢が合った。蒸気機関を発明したのは実はイギリスではなく彼の国なのだと。ただ、彼の国はそれが発明だとは気づかなかったのだ。

Cimg1089 似た様な話が、佐賀県佐賀駅北口にもデーンと書いてある。はっきりとは覚えてないが、ジェームス・ボンドが発明する前に蒸気機関はすでに佐賀県にあったのだ・・・ん、ボンドは諜報機関だった。

こんなことを書く気は毛頭なかったのだが、それほど、私は辛い、あーかゆいいい。

そういえば、昼間シャトルシェフのTVCMをやっていた。私は、太平洋艦隊のバンドも見ずに、あれほどジャズストリートであおったにもかかわらず、夕方、ほんの少し、日本人バンドを覗いただけだった。

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2006年10月28日 (土)

何処まで続くぬかるみか教育道

北海道日ハムファイターズの優勝と新庄、新庄で、かなり救われたのは北海道の経済界ではなく、まちがいなくこの日本の教育界だろう。

「いじめ」「自殺」ときて、「履修単位不足」「校長」「文部科学省」いろいろあって、どれがどれやらわからない。

そこへもってきて、今度は教え子にテストの採点をさせていたというのである。他人の答えを採点するということは復習や、他人はどんなことを理解して、なにをわかってないのか、それはなぜだろうと考えられれば、いいことではないかという気がする。

だが問題は、当時の2年生の女生徒3人に1000~2000円を支払って採点させていたことにある。なぜ、女子生徒3人だったのか?

女子高だった・・・。

これが持ち回りで全員に採点させればよかったろうに。もちろん、この担任が最終的に見るということが必要だが。

まさか、この教師は採点させっぱなしだったのか?だとしたら、職場放棄であるから、クビ、退職金など無しが当たり前だと思う。それどころか、罰金刑を果たすべきである。

59歳にもなってなあ・・・この冬はさぞかし寒かろう。結果はどうなったのだろう。

これは北九州市の社会担当の男性中学教師(59)だったらしいが、今噂の社会科であるところが面白い。

まさか、世界史の部分ではなかっただろうね。

実はこの教師、世界史では受験していなくて、勉強したことがなかったのではないかと、不埒な私はかんぐってしまう。

さらに不埒なことを考えさせてもらえば、この教師が相手の女子生徒をどう思っていたかである。

何しろ私は、教師と女子高生との売春が行われていた高校を卒業したつわものである。

女子生徒には悪いが、ついそちらを考えてしまうのは極自然である。

Cimg1087 しかしまあ、次から次へと飽きさせない教育界であるが、これはもう終りはないね。

私は偶然授業に出ていたし、テストの成績もそれなりによかったから、履修の点では卒業に文句を割れる筋合いはないが、私はとうとう、教科書を1冊全部終えてしまう教科に出くわしたことはない。

例えば、話題の日本史であるが、昭和史まで受けたことはない。せいぜい明治時代ぐらいまでである。

私は思うのだが、歴史の教え方は逆なのではないか。

第2次世界大戦を教えるとしよう。

その悲惨な結果を教えられ、あるいは、経験者を老人ホームから招いて、戦争体験を、男性、女性、大人、子供の立場から話しててもらう。

ではなぜ、日本はそんな戦争をしなければならなかったのか、そうやって、時代を探るのである。

なぜ、関が原の戦いを選んでしまったのか?その原因はなんなのだ?

世界史も同様だ。なぜナチスが生まれたのか?

いきなり、未だにはっきりしない、縄文時代の話を覚えてどうするのだ。弥生時代が縄文時代よりずっと早かったとなったら、なんのための学習だったのか。

私たちが歴史を学ぶのは、同じ過ちをできる限り犯さない、繰り返さないように、今に、明日に生かすために行うのではないかと思う。

Cimg1107 子供の頃、私のうちは凄く貧乏だったように思った。先生の子供は貧乏なのだ、絶対になるものかと思った。他の漁業や農業の子供たち、商売をやってる家の子の方がはるかに裕福に思えたからだ。

親類にお金を借りまくられていたからだとわかったのは、父の遺品を整理しているときだった。定期的に入る父の給料を当てにして、親類は商売をし、お金を返すことなく、家を新築していたのだ。

まあ、私もお金を借りた身であるし、それこそたくさん貸したみでもあるから、あまりいえないが・・・。

Cimg1091 でも、結局、こんな世界だったら、いかなくてよかったと思う。もっとも他の業界も似たようなことをやっていることは身を持ってしっている。

だが、今の教育界は、若者の将来を大きくゆがめつつあるのではないか。

今はもう、なにをやってもだめだな。調べるだけ調べて、謝るだけ謝ればいい。その時間、おおきくこの国は遅れてしまうのだろう。

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2006年10月27日 (金)

北海道、優勝おめでとう

9回表2死、最期のバッターの飛球はレフトの森本のグラブに納まった。

北海道日本ハムファイターズ、日本一の瞬間である。

本来、外野手は一目散に監督を胴上げするため、ピッチャーズマウンドに駆け寄り、スパイクを安全なものに履き替え、歩んできた監督を目指す。

だから、外野手は胴上げには間に合わず、そのあたりをピョンピョン飛び回る。これをはじめたのは西部時代の工藤公康だったのではないか。あいつはピッチャーの癖に(その時投げていたかどうかは忘れたが、ベンチにいたなら間に合ったはずである)胴上げの輪から離れ、ひとり、新聞、テレビによく映る道を選んだ。

この方法を選ぶ選手が最近では多い。

ところが、森本は、センター新庄の元へ走った。

泣きじゃくる新庄に抱きついた。

テープが飛び交う。

一方、マウンドで胴上げをするはずの日ハムの選手、監督らは、ゆっくりと、抱き合う二人のほうへ歩いていき(走っていたかもしれないが、私の目にはスローモーションのように見えた)、なんと、センターの守備位置辺りで、誰もが抱き合い、優勝を喜んだ。外野席のファンは始めてみる光景におお喜びだったろう。

真っ先に胴上げされたのは、新庄だった。2回、3回、4回目に地についたか。

ついで小笠原だった。

ヒルマン監督は3度目だったか、4度目だったか、昔の大オーナー大社の遺影を持った息子さんかなあ、かれの胴上げまであった。

全てが型破りだったように思う。

試合運びとはまるで違う。

さしもの中日落合監督も苦笑いか・・・。

新庄自身の最期のバッターの時、すでに新庄は泣いていた。

中日のキャッチャー谷繁は

「全球、まっすぐですから、しっかり打ってください」

私の読唇術によると、そうと読みとれた。

新庄は新庄で全球迷うことなくフルスイング、だが涙の目にはボールは映らない。三球三振、3フルスイングであった。

谷繁もまた、男だったのか、長島の引退試合で涙を流した落合の血を引いていたのか・・・、落合に苦笑いの奥底には、あのときの記憶が蘇ったに違いない。

「完璧にやられたな」

あれがレフとフライでなくて、新庄のところへ飛んでいたら・・・それでもやはり森本が取っただろう、新庄にはもうボールが見えなかったはずである。

多くの花束が投げ入れられ、それを拾っているのは新庄だった。直接受け取ってもいた。幸せなファンたちである。

Cimg1093 長島が野球を育て上げたように、新庄は北海道にプロ野球を根付かせた最たるものの一人だろう。

移転当初は、球団営業マンが、シバレル厳冬期に切符を、頭を下げては売り歩き、雪を掻き分け客を集めていた辛さもあったという、努力の賜物でもあるが、新庄効果は恐ろしい。

いや、新庄がそこまで努力をしたのかもしれない。

心情の夢描くとおり、サッポロの球場は超満員と成り、その中でプレーすることができたのである。

誰かが北海道は今が一番最高ですね・・・そう言ったが、それでは困るだろう。

これはまだ、誰も踏んだことのない新雪への第一歩なのだから。

そう思うと、ドラフトで駒大苫小牧の田中投手を楽天に獲られたのは痛い(楽天にしてみれば、ダルビッシュを盗ったじゃないか)が、このチームは若手がよく伸びている。

ぜひ奢ることなくがんばって欲しいものであるし、よその地方もまけずに追い越してもらいたい。

とにかく。北海道日本ハムファイターズ優勝おめでとう。アジア大会も負けるなよ。

さて、半世紀ぶりの日本一をまたも逃した中日であるが、近鉄バッファローズという球団があったことを覚えているかい・・・。

「終わったばい・・・」

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2006年10月26日 (木)

ジャズストリート2000阿佐谷

Dsc00078 2000年第5回の第7艦隊のジャズバンドである。大統領が空母に来た時の晩餐会に演奏されると聞いた。

Dsc00088 まあ、あんまり重くしても、迷惑だろうから、

このくらいでよしとこう。

ビデオもこいつは流せるかもしれないけど、私にそんなちからもなく。

Dsc00075 Dsc00079 Dsc00086 では、みなさん、

JR阿佐ヶ谷阿佐ヶ谷駅前南口で

ジャズを堪能してください。

はっきりとは言えないけど、30♪店舗

ぐらいでやるんじゃない。

山下洋輔は神明宮、篝火の中、夕闇迫る中、幻想的だよ。

明日金曜日だね。  

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 SF・阿比留一族が往く

 伊賀VS甲賀雪の結界

 ちいーまんと一緒

 AB流 気まぐれビール

 アホウドリでもコンストラクト?

 De SITE サギの宴

明日からだよ、阿佐谷ジャズストリート

Cimg1113 明日からだったね、ジャズストリート。

28日(土)に注目。

米国空軍太平洋音楽隊が読めるかな。

第5回の時は第7艦隊のバンド40名ほどがやってきた。

というより、一生懸命勧誘したのである。

私はその時、ビデオを持っていたので、ずっと撮り捲った。大迫力だった。もともとどんな曲を演奏するのかわからないし、曲など知りはしない。どの楽器が独奏するのか、誰がメインになるのかわからずに、一人で撮った。複数台、複数人欲しいところだ。

そのテープは今もある。ダビングして、ジャズスナックのマスターにもらっていただいた。

「マンハッタン」というスナック。ここのマスターが横須賀くんだりまで足を何回も運んで、ついに招致に成功したのだ。書いた書類が40センチもの高さになったとか。

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今回は「米国空軍太平洋音楽隊」となっているが、だい7かんたいとはちがうのかなあ・・・同じだとは思うが。

駅前の、本当の駅前で演奏するのではないかと思う。前回そうだったから。

広場まで出張らない。無料であるから、人だかりになるが、なかなかいいものである、というか、私は来る前のマスターたちの苦労を知っているから、余計に感動したのかも。

もし時間があれば、そのテープから、ここか、次あたりのページに、何枚か出してみるから。

それよりも、まあ、来てご覧なさいよ。私は、七夕祭りよりはるかに優れていると思うのだが・・・。確か2,3日前にもポスターの1部を出していたと思うから参考に。

残念ながら私は体がいうことを利きそうにないので、病院帰りに覗く程度かなあ。

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北海道、3連勝は予定道理か

待ちに待った因縁の5回である。

案の定、サービス満点のヒルマン監督は出てきた。前回は、あと一人で5年連続の2桁勝利の権限をものにできるところで、交代させられた。

がまんならない金村は年齢(30ぐらいかな)も省みず、口は暴れまくった。そのあげく、200万円の罰金、プレーオフの出場停止だったような、もう遠い記憶。

恐ろしい話である。金村はローテーションの一角をになう立派なエース、その彼を、使わないと言い放つ監督。

負けて困るのは監督そのひと自身なのに、である。

やるほうも、やられたほうも生活がかかっている。それだけではない。北海道中から集まってくる、もしかしたら青森からも、そんなファンの期待がかかっているのだ。

新庄の引退もすでにCMにまで使われている。もう、北海道には後がない。

負ければ層雲峡の銀河の滝だったか、あそこから、まっさかさまに落ちる夢を見ることは、人それぞれだが・・・はっきりいって、自らを追い込んでいるのだ。だからこそ、思いっきり楽しもうと。

そこまで、自分たちを追い込んでいるように、神の目を持つはずの私には見える。

その二人の勝負は、さすがのバッター福留もあんぐり、だったに違いない。(福留はセリーグの首位打者ではなかったか)

サテ勝負は?(もち論この場合は金村VS福留である)

Cimg1103

試合後、福留を落ちる球で空振り三振に仕留めた5回のピンチを振り返って、北海道日本ハムファイターズの金村暁(さとる)は次のように言った。

「フォームもボールもめちゃくちゃ。みんなの後押しで抑えられた」

それを聞いた福留はさぞかし思っただろう。

「フォームもボールもめちゃくちゃ。(二人の喧嘩には付き合えないよ)あんなんじゃ、いくら練習したって、打てないよ、ケンかに巻き込まれたくないもんなあ」

こうして、北海道は3連勝となった。

さあ、明日はどうなる。

このままだたと、話題は全て北海道にさらわれてしまう。

名古屋としてはそりゃあ、おもしろくない。

私にしてみれば、第7戦までもつれてもらった方が嬉しいが、なんか中日は、すでに始まる前から負けてる気がしてならないのだ。

「おそるべしは、新庄たい」

「やっぱ、新庄はスゴカばい」

う、う、福岡県人は泣いとるばい。(新庄は福岡県の西日本短大付属高校出身だったはずである)

2006年10月25日 (水)

世界史の先生

当時私の在籍していた高校は、進学とはほど遠い「質実剛健」をモットーとする、売春、校内暴力、強盗などが横行するおそるべき学校であり、売春問題では、英語の教師が、二人の女子高生のアパート代に学費まで面倒を見ていたと、大騒ぎになった。

さらに、3年生の1クラスの男子学生全員もその女子高生に男にしてもらったと言う話しまでが聞こえてきた。私は2年生で、1年生と3年生との間でおこなわれていたらしく、私たち2年生は悔しい思いをしたものだ。

さらに、問題は、このことに腹を立てた2年生ひとりが、「事件の真相をはっきりさせないと受けない」、そういったらしく、英語の授業をボイコットしたのである。

教師は自分の事ではないのだから、話しは出来ない、それで力づくでも授業を受けさせようとしたのだろう。

ところが相手が悪かった。あべこべに殴られてしまい、鼻の骨を骨折したらしい。

どうもその生徒は番長グループに属している生徒で、そのグループの歴史は長く、教師のなかの複数人は高校時代にそのグループを取り仕切っていたからたまらない。教師側からすれば、悪いのは売春をしていた教師の方であり、殴られたのは、まあしかたがないということだったのか。だが一応停学処分かなんかは受けたはずであるが、話はここで治まらなかった。

話はますます大きくなっていった。新任の校長はカンカンになり、元番長グループの教師を調べ始め解散式を行わせたとか。さらに関係ないが、生徒会長は、同じ町の中学生を妊娠させ・・・。

さらに、この事件が朝日新聞の記者に知ることになり、当時としては「校内暴力のハシリ高校」とされ、しかも、「天声人語」にもなってしまったのである。

その殴られた英語教師は、復讐に燃え、これみよがしに毎日校庭を走り、腕立て伏せなどの特訓を積んだが・・・誰が見ても勝ち目はない。どうなったかは知らないが、おそらく、殴った生徒、あいつなら、教師に気の済むまで殴らせたのではあるまいか。

問題の教師はどうしたんだったかな、女子校生は自分で授業料を支払い始めたと聞いたが。

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世界史の先生はその頃、誰も聞かない授業をもくもくと番書していた。「フン族の大移動が・・・・」

私?もちろん、そんなアホウな授業など聞いて入られない、もくもくと吉川英治の「新・平家物語」「水滸伝」「三国志」などを、読みふけっていたのだが、さいわい、履修時間はクリアしたみたいで、うまく進級したが。

もっとも私は日本史であろうと世界史であろうと、授業を聞いてなかったことには変わりない。

富山県の某県立高校、いいじゃないか、世界史なんていつでも勉強できる。ただ、日本史と世界史を組み合わせて教えることができない、文部科学省のやり方の方がおかしい。世界は一秒たりとも休むことはないのである。

なぜ無理して、日本史、世界史と別ける必要があるのだ。とくに、鎌倉幕府以降は、切り別けること自体が困難なのでは。

「地球史」が、ないからなあ。

でも、世界史の教師はよかったねえ、暇で暇でしょうがなかったんじゃないの。なるんなら、世界史の教師だね。もしくは外交官か【こちらはまた違う意味でだけど】

北海道連勝

24日、早朝6度だったか、0.6度だったか、凄く寒そう。

私は、気候の変化にひどく弱い。テレビで日本シリーズを見ながら、この東京の寒さに参っている。

いったい、何度なのだ。

心臓が苦しい。これはいかんと、なんと、北海道では3日間も応援のために並んでる人たちがいるというのに、エアコンを、暖房をいれてしまった。 

さらに、電気敷き毛布までセットした。

ほ。

すると今度は体中が痒くなってきて、片頭痛が始まるかとおもったので、慌てて、エアコンを切り、布団から抜け出し、大急ぎでパジャマを脱いで、体温を下げる。

大忙しである。

試合は進む。私のことなど気にかけないで、それはそれでいいけど、どうせ私のことなど眼中にないのネ、あなたたち、さて、サッポロドーム内はいったい何度?道内は何度?

そんなことしったことではないと、試合はススム。

しかし4万人以上が集まるのだからその影響力は凄い。これが後2日続くのである。

よかった。1勝1敗で北海道入りしたおかげである。

安心して、仕入れ、仕込ができ、なおかつ売り上げ予測も立つ。

でも、試合がどうなるかはわからない。だから見る。

試合はいくらヒートアップしてもらってもかまはないが、私の体よ、もう少しおとなしくしてくれないかね、安心して、試合を見ることができないじゃないか。

とにかくどちらが優勝しても、日本一になった過去を知る人はほとんどいないのだから驚く。

当然私は知らない。

今日ドーム観戦した人たち4万人以上の中に、野球関係者以外で何人が、その昔を記憶していたのだろうか。

次の時に、今回のは、凄い日本シリーズだったなあ、といえるような楽しいものになることを望む。

そのとき私は、まだ心臓が、頭痛が、痒いの何のと、騒いでいられるのだろうか。

2006年10月24日 (火)

お知らせ・阿佐谷ジャズストリート

いきなりであるが、今週末阿佐谷ジャズストリートが開催される。第1回目から、電柱の影にたたずみ、そっと成功を祈っていた私、明子としては涙を浮かCimg1079 べながらCimg1080 Cimg1081 応援せずにはいられない。

写真はクリーニング屋に貼ってあったのをまどごしにうつしてきたものである。少しは参考になるだろうと思い、適当に寒さに震えながら写してきた。レイアウトも何もあったもんじゃないが、少しは参考になればと言う次第。まあ、電話番号が写ってるから、よしとしとこうじゃありませんか。もうながいよね、10年目?どうだろ。

奈良の大仏が動き出す

これは、国の危機管理に関することであるから、今まで公表は避けてきたが、もう我慢がならん。これは、国の危機管理に関することであるから、今まで公表は避けてきたが、もう我慢がならん。

実は、奈良の東大寺の大仏は、巨大ロボットだったのだ。

このことは、私と、東大寺の歴代の住職、そして、内閣危機管理システムの連中しか知らない、極秘中の秘である。

もっとも、このことを公表しようが、誰も信じまい。

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さらに、密かに行動するから、誰にもわからない。

恐るべきは、南大門の2対の巨像が手足となり、空を飛び回るということである。

いったい、なにが、大仏起動命令を出すにいたったのか?

普段は拝観料500円でしかその価値を見ることができなかった、奈良県民は、その恐ろしさに肝を潰し、さしずめ、飲み屋のお通し、「アンキモ・もどき」になるのが落ちである。

いったいなんだ、奈良県のテイタラクハ、「なら」とは国の意味を持つ、由緒正しき名である。「奈」が良ければよし、さもなくば地獄、そう、「奈落」がまっているのだ。

ここ連日の奈良県の不祥事はいったいどうしたことだ。

先日までは福岡だった。まさか邪馬台国、卑弥呼の怨霊でもあるまいが。

命を守るべき病院は、その責をまっとうせず、公務員にいたっては、蛸じゃあるまいし、5年間だったか、50年だったか、その間に8日間しか出勤してないという。

それでいて高級外車を乗り回し、よその職場をうろうろする。これはもう県ぐるみの犯罪ではないか。

地方交付税など、当分の間奈良県になんぞ廻す必要はない。

仮に1年間200日働くものとしよう、もし1年間、8日で公務が務まるものなら、奈良県の皆さんはすべて、8日だけしか職場にいかない決まりにしてしまいなさい。それで、ことが済むほど暇な平和な県なんだよね、きっと。

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さもないと、大仏が動き出す。

大仏の頭には966個ものラグビーボール大のロケット弾が埋め込んである。

このスイッチさえ押せばな。

たちどころに、奈良の観光収入源、および、官公庁は火の海と化すだろう。

ただ、大仏さん、長い間座りっぱなしで、思うように足が動かない。

ちっ、子分の阿吽の2像も、今では、ポーズをとるだけで、その本分を忘れている。

あーあ、私にリモコンがあればなあ。

2006年10月23日 (月)

訃報あいつぐか

藤岡琢哉さんとばってん荒川さんがなくなったらしい。

藤岡さんはおそらくラーメンの食べすぎかと思うぐらい、毎日ミソラーメンを食べていたなあ。

あれだけ食えれば本望だろう・・・というぐらいあのCMだけは知っている。「渡る世間は鬼ばかり、三途の川はミソラーメン」というのはあまり知らない。【お。怒られそう】

ばってん荒川さんは九州でラジオを聴いていたものなら、それこそ耳にたこができるぐらいに彼の声に、本当にこの人、ラジオで食っていけるかと思ったぐらいに、妙に活躍してたひとである。

とにかく、女の子と車に乗ってラジオをつけたら、ほとんどこの方のこえがばがれていたもので、ムードも何もあったもんじゃなかった気がする。別れたのは彼のせいだと・・・また怒られそ。

それにしても藤岡さんの代わりの方、高井研?ん、高倉健じゃないなあ、誰だっけ、あの人もソロソロ・・・また怒られそ。ア、宇津井だ、宇津井 健だったような、こりゃ、私の訃報が早そうだなあ。

いじめられ自殺した中学生のことを聞いた場合もやはり訃報というのだろうか?

訃報:人の死去したという知らせ

と私の携帯電話の辞書にはある。同じ訃報でも、ずいぶんと内容が違うんだなあ。

私は、苛め抜いた元担任、現2年生学年主任(だったかな)教師も、そろそろ、耐え切れずに、訃報に付するのではないかと。他人事ながら心配している。

これが大臣とかの問題だったら、秘書がまず逝く。

校長がああいう校長で、教育委員会が、文部科学省がああであるから、やはりここは、末端といえば末端の彼しかないだろうなあ・・・。

そして、みんないうのだ。マスコミ、世間がいじめたと。

え、私もそのひとりだあ、待ってくれ、私は散々いじめられた者の一人だよ、同級生はおろか、上級生に、そして教師からさえも。

イジメられ金メダルをもらってもいいぐらいだよ、全く。しかし思うけど

自分より年下の訃報はCimg1086

聞きたくないもんだね。

いちおう、

白い花を添えておくことにしておこう。

2006年10月22日 (日)

日本ハム逆転、北海道で3戦できるね

ひとりにこにこしているのは、やはり新庄だったが、その新庄のヒットで1,3塁。1塁ランナーの新庄は三振の隙に2塁盗塁に成功。

そして、3-2と逆転のホームを踏むというか、タッチしたというか、大喜びである。

とにかくこれで、北海道では3戦フルに闘うことができる。もう、めでたしめでたしであるが、海の向こうでは、田口のいるカージナルスがワールドシリーズ先勝。

いったいどうなっているのだ。

井口に続き、もし田口までがチャンピオンズリングとかいったかなあ、あの指輪をもらおうものなら、イチローの気持ちは何処へ行くのだろう。

そんなことを思っていたら、菊花賞である。

まだ、凱旋門賞のショックが尾をひいていたので、メイショウサムソンが3冠馬になるかもしれないということを忘れていた。

おまけに勝ったのが、「武」だというので、あの野郎とおもっていたら、弟の方だった。

今日は片頭痛と、痒みで、薬をたらふく飲んだら、もう眠くていけない。肝心なところでは起きていたらしいが、痒くて痒くて、しかたがない。体中がピンク色になっている。

このキーボードを打つ指までが痒いのだから、誤変換があるのは当たり前だ。

そう自信を持ちながらふと考えた。

服には女性服、男性服。さらにS・M・L・LL,体型によってはYA・YY・GG・JJとか私が今作ったものまであるというのに、なぜ、携帯電話のボタンは皆同じ大きさに見えるのだろう。

指の大小、手のひらの大小、厚み、皆違うのに、誰を対象としてデザインされたものなのだろうかと考えた。それぞれに違ったサイズが合ってしかるべきではないのか?

スポーツなどひどいものだよ。日本が強いと必ずルール変更が行われる。体格差を持ち込むなら、バスケット、バレーだろうが、体格差を持ち込むどころではない。それも柔道どころか、ジャンプ(あなたねえ、発祥地の意地・恥と言うものはないの)、水泳、まだあるはずだが、今度は体操である。

もしもルール改正【悪】がなければ富田は80年ぶりの2大会連続個人総合優勝をものにしていたのではないか。

こうなったら、野球も逆周りありもそう遠い未来ではなさそうだが、私が死んでからにしてもらいたい。

うう、薬は確かに効いているのだろう。眠さが止まらない。だが痒みを止めてくれ。

何を書いているのか、わからなくなってきた・・ぐー・・・

2006年10月21日 (土)

中日先勝だが・・・新庄ひとり勝ちか!

日本シリーズ第一戦は4-2で中日が勝った。

なにやらおかしな雰囲気の両チームだった。「よそ行きの野球」と言う感じか。

やたらと4球が多かった。

日ハム・ダルビッシュには、パチンコ屋でタバコを吸ったふてぶてしさはなかった。

中日川上憲伸は、いつのまにか元ヤクルトの荒木大輔にそっくりの顔になっているし、どうもおかしい。

落合監督も殊勝である。どうも、優勝してから泣いてしまってから、すっかり、おとなしくなったというか、どこか、病気でもしてるのではないかと思う。もっとも監督やって、まともでいる方がおかしい。

まあ落合は長島の引退試合、大東芝の社員でありながら仕事をさぼって、試合場まで観戦しに行き、泣かずに入られなかったというから許してやろう。もし、この引退試合をみていなかったら、今の落合はなかったかもしれないからだ。

しかし、なにかがおかしい。

テレビはTBSだが、衣笠、山田久という解説・ゲスト陣も地味である。

随所にいいプレーは見られたが、何かもうひとつ燃える物がない。

なにしろ、勝ち越し点の3点目、私は眠ってしまっていたのであるから・・・いかに凡庸な試合だったかがわかろうというものである。

そんな中、一人新庄が、新庄カメラのおかげもあるのだろうが、目立っている。

ただ、いつもはベンチでバットを握っているのだが、バットをペットボトルに持ち替えて、水を飲んでいたのは、これで、引退まで一試合伸びた(4勝1敗でも5試合になる)との余裕だろう。

やはり新庄の一人勝ち、そんな試合だった。

今日は漢字の勉強だ。日・中・北・米ときたら

最近、不真面目な言動が目立つので、週末と言うこともあり、しっかりと日本語の復習を使用かと思う。

新聞テレビでよく見る漢字は「日・中」が多い。さらに、「北・米」。そうだ、

きょうから、日本シリーズ、本ハム海道ファイターズVS中日ドラゴンズが始まるのである。

本ハム海道ファイターズが勝てば46年ぶりとか。

私の住んでた島の村にはまだカラーテレビどころか、白黒テレビすら来てなかった。

テレビが来たのは、力道山VSサンマルチノ、デストロイヤーのころではなかったか。

あの頃はよく朝鮮のテレビ放送が入った。

日・北と中はわかった。まさか、野球のチーム名だったとはなあ。

でははなんだ。

今年は、九州、中国地方は夏の大雨のおかげでがひどい不作なのだ。

おかげで、私はタイ米を買い占めようかと思っている。山口のおばあちゃん地の米が、ならぬ水に浸かってしまって、稲から芽が出てしまってたべることができないらしい。もっとも、タイ米は私は、タイに2ヶ月いたことがあるので(「AB流 気まぐれビール http://moon.ap.teacup.com/chiyobeer/ 参照)大好きなのだ。

だいたい、タイ米を日本米ように作った電気釜でそのまま炊くのがおかしい。

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うん、この圧力鍋ならいけるかも。

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この場合、ひとつの電気釜でたくなら、それぞれの米の種類を焚き別けるモードが必要なはずだ。でなければ、専用の釜を用意するか、炊き方を工夫せねばならない。【日本はスペースの問題がある】

私はドイツにいるとき、いろんな国の米の炊き方を見ている。

インドネシア人は、米をざるに入れていったん煮て、それから蒸していたように思うし、イラン人は、釜底にサラダ油かなんかを塗って、ジャガイモのスライスを敷き詰め、ご飯を炊いていた。

タイ米は湯がく感じが必要な気がするが、米が不作なのは、九州・山口だけなのかなあ。 

しかし、が付けば話は変わる。米はライスに変わってはらいとなりそうなのだから、日本語は難しい。

さらにがからむから、ややこしい。いや、こいつさえごめんなさいと謝れば話は・・・うーんやっぱり難しいが、いまよりは簡単になるし、なにより国民がが救われる。

昭和天皇の終戦記念日の言葉がなぜか頭をよぎる。思えば彼は立派だった。自分の身はどうなってもいいから、国民を頼むとか。

もっとも私は生まれていないが。

簡単そうな漢字であるが、私にはその内容が魑魅魍魎とういう漢字よりむずかしく、意味をわかるのに檸檬よりもすっぱいしそう。

あら、あますますわからなくなった。

早い話が今日は、早めに病院に行って、おとなしく日本シリーズを見て過ごそう。

ただ、私には、北朝鮮の金正日(キム・ジョン・イルのつもり)が、ルーマニアで夫婦一緒に処刑された大統領、シャウシェスクとダブってしょうがないのだが。

なんだ、結局わけのわからない日本語の復習になってしまった。私には教師は向かないようだ。よかった。

すっかりまとまりのない雑文になってしまったが、こんなこともあるさ。私の頭のことはなんといわれてもいい、日北関係を頼む。

2006年10月20日 (金)

どうやら一服盛られたらしい

そのとき、誰もがディープインパクトがラストスパートを駆け、ぐいぐいとその差を広げ、一位で凱旋門賞を獲るものだと思ったが、なぜか、ディープは伸びなかった。

なぜだ?

すると今日になって、ディープは「薬をかがされていたのか」「一服盛られていたのか」、なにやら、きな臭い話になってきた。

ディープはフランスでは馬に使用していないという、喘息の薬をどういうわけか服用していたらしい。【フランスでは馬自体が持つ成分以外の成分を与えてはいけないという決まりがあるという】

呼吸が楽になるというが、なぜまた、そのような薬がドーピング検査で出てきたのか?

日本でも使用してないというからまさに、関係者はおろか、私たちにさえもディープインパクトである。

ふーむ。

さすがは世界一の凱旋門賞である。

万が一ディープが一位に為った時用に手を打っていた輩がいるということか?

競馬後進国日本に世界一の座は渡さぬということか。おそろしいほどの「いじめ」である。

ふふふ、これでディープ陣営に火つかぬわけには行かぬ。

引退撤回!

再度挑戦!

このままでは、ディープは失格になってしまうのだ。

このような「いじめ」に負けてるようでは、文部科学省はなにをやっていたのだ。ん、競馬は旧?農林省かな。

いずれにしてもディープまで「イジメ」にまけたら、自殺して逝った中2の子は生まれ変わっても、またイジメられっこになってしまう。

ここはディープは引退してはならん。私が言うのがきけんかな?

さて、福岡筑前町のイジメの反響は、このサイトにまで押し寄せた。

どうやって、みんなわかるのかなあ、ふだん30から50もないな、256から、45のアクセス数が219にまでなった。

そんなあほな。

口コミなのかな、おかげで、システムに欠陥ありと判断したココログさんは、ここんとこメンテ、メンテで、アクセス不能が続いている。

そうだよね、4倍以上のアクセス数なんぞ考えられない。しかし、100以上は間違いない、私は薬をかがされてるから間違いない、その証拠に昨日も60以上までは知っている。

福岡には文部科学省から2名が調査に乗り込んだというが、意義あり。

文部科学省→県教育委員会→校長(学校)という力関係の構図である。

はたしてこれで、「いじめ」、「プレッシャー」と筑前ではいうらしが、「いじめ」も構図がわかるはずがない。その親分が調べに行ってどうする。

ここは第3機関がしらべるべきではないのか、一番悪いところは、文部科学省だろう。適当に薬をかがされて打ち切りになると私は考える。

人前(報道陣、関係者)で、あれだけの厚顔無恥ぶりを披露した校長合谷(こうや、だったよなあ)だよ、あの人を育てた教育委員会、そこまでの組織にしたのが、今度調査に行く文部科学省なんだ。

真実が発表されるとは思えない。そうしていたら、北海道でもいじめで自殺したらしい女の子の話が出てきた。

こちらは、どうもだまらされていたらしい。馬用の筋弛緩剤でも打たれていたのかな。

この話は、ここのアクセス数よりはるかに奥が深そうだ。

やはり、ここはディープインパクト、まさに衝撃の復活に期待しよう。

2006年10月18日 (水)

ロマンスカー激突!

新宿から、箱根方面、あるいは江ノ島方面へ、小田急電鉄(?)のロマンスカーが出ている。

普通の電車とは違い、前展望、後展望といって、前展望は、最前部の車両のまん前はガラス張りの展望車になっている。当然、後展望も同じつくりである。

全車指定席である。

今日、そのロマンスカーが、線路上のトラックと激突したのである。

違ったね、掠めた程度だとか、でも前展望の人は怖かったろうなあ。

あの事故の付近は本当に危ない。雨が降れば冠水するし、高架化、複々線化の話はどうなったのかな・・・もう、仕事もしないし関係ないか、(下の写真はごめんなさい、京王線の駅からです) 

Cat060916_460

私はよく、秦野・渋沢の某日立製作所に出入りしてた。そのときは必ず、このロマンスカーを利用した。560円の乗車券+特急券400円か500円だったと思う。

小田急は混むのである。

仕事場に着く前に体力を消耗するわけには行かない。ビジネスマンとしてとして、当然だろう。

さらに、小田急デパートの地下で、弁当を選ぶ。腹が減っては仕事にならぬ。腹の虫が鳴る音をさせては沽券にかかわる。

とくに、ソフトウェアは虫をことのほか嫌がるのだ。虫の事をバグと呼んだ。バグとは虫である。あれ?

ソフトウェア業界ではシステムの不具合のことをバグと呼んだ。プログラムの作成は、このバグとの戦いなのだ。

この会社は、バグ票なるものを作成させ、自分が作ったプログラムに何件のバグがあったかを報告させる。

私のプログラムにバグなんかない!

それが目標の人間にとっては屈辱極まりない。

だが、これはいいことなのだ。

間違いをたくさん持っている、経験してなおかつそのバグを覚えていて、どうやって解決したか、その数が多いほど、新しい問題を速やかにクリアできると私は信じている。

バグがバグを生むが、バグの数だけ、技術は成長するのだ。

ただ、問題は、バグ票を作ることが仕事になってしまっている社員が多いと私の目には映った。

バグ票は整理され、統計表が作成される。【これは私たちが作った】

本来なら、これは、その技術者の弱点、これからの課題の克服のためにこそ使われるはずだったと思う。

だが、管理者はそうは取らなかった。

1000ステップのプログラムにはある一定の、例えば20%のバグがある。

だからこの場合、200枚のバグ票が必要になるのである。

そうでなければ、そのプログラムはまともなテストはできてない、サボっている、とみなせるのだ。管理者にとっては都合がいい。

私は、そんな仕事場に向かうのだから、まともな神経では行くことができない。

ロマンスカーでは、弁当にビールロングカン2本を用意して乗り込む。まあ、これくらいだと、ちょうど、新松田に着く。一駅オーバーしているので、各駅電車で戻る。

当然の事ながら私は酒臭い。

だからなんだ。

私は凄く反省している。やはり、みんなの分も買ってきてやるべきではなかったかと。

しかし、たかだかビール1リットルでおかしくなるわけでも何でもないのだ・・・仕事はやってるんだからいいじゃないか。朝から夜中まで、土曜も日曜も出て、あげくの果てにできないのは誰だ。

さて、ロマンスカーの前展望、後展望は人気が高く、予約する必要があったときもあった気がする。

私は1度乗って懲りた。揺れや、景色で目が、頭がおかしくなって、ゆっくりとビールを飲見ながら、目の前を流れ落ちるプログラムリストを点検するわけには行かない。

あ、私は、覚えているのが、目の前の景色をバックスクリーンにして、その間に別のものを映し出すというか、思い浮かべるというか、そんな癖が付いている(詳しくは「AB流 気まぐれビール」をどうぞ)ので、歩きながらでも、あああ、バグがわかったあ、と、急いで会社に戻ったこともある。

風呂の中でも、ひどい時には夢に中でも・・・

そんな私には、前展望は向かない、気持ち悪いのだ。景色はゆったりと流れるに限る。

ところが今日はそこへ、トラックが立ち往生していたのだからたまらない。

恐怖である。

詳細はわからないが、ロマンスカーの先頭部はわずかにひしゃげていたように思う、トラックは線路から外れるように傾いていた。

たいした事故ではなかったようだが・・・おかげで、変なことを思い出してしまった。

まだ、あの会社はバグ票でがんばっているのだろうか。

私の会社の場合、ほとんどが社員は門外漢からのスタートであったから、何を間違えて、どうやって直したかを記録させた。そして、問題はなんだったのかを考えさせるよう訓練させたつもりだ。

問題は何か?何が問題なのか分からないのでは話にならぬ。

新しいことをやるときもそうである。問題になりそうなことは何で、そのためにはどんな仕組みにするべきか・・・私は決してバグ票をないがしろにしているのではない。仕事への取り組み方が問題だったのだ。当時はね。

まさか、未だにバグ票を作るのが目的だったら、方式を改めなければならないが・・・まさか・・・天下の・・・いや天下の一大事である

2006年10月17日 (火)

ハワイの大地震

私には不思議でしょうがない。

なにがって、そりゃあ、中学2年生の自殺問題もそうだが・・・。

だって、ハワイ島沖でマグニチュード6・6の地震が発生した影響で、成田空港では16日、ホノルル発の計8便のうち7便も到着が遅れ、1便が翌日運航となったというんだよ。

ハワイは停電の最中、エレベータは使えない、あそこじゃ有名なABCストアも真っ暗、クレジットカードも使えない。

それでも、ハワイに行くんだとさ。

「いい記念になっていいです」

とは、新婚旅行のカップルか。そうだろうな、真っ暗な方がいいのかも。

だが待てよ、伊豆の地震の時はどうした。

伊豆沖の式根島などの群発地震の時はどうした。

相次ぐキャンセルの続出で、伊豆の旅館や、観光でくってる人たちは嘆いたモンだよね。

ハワイは、1枚の太平洋プレート(っていうのかな)の上にのっかってるから、プレートのズレによる、日本みたいな地震は起きない。せいぜい、キラウェアとかいう火山の噴火だけに対して用心しておけばよい、との風説だったから、地震に対しての対策が甘い。

甘いというより無防備に近い。

しかもM6・6といえば、相当なもんだよ。

そこへわざわざ行く人の気が知れない。

停電なんだからね、冷房は効かない、冷蔵庫も使えない。

そこまでしていくというのは、真珠湾攻撃並の愚かさだと私は考える。

そりゃあ、都合もあるだろう。2度と長い休みは取れない。まして新婚旅行だ。

【なにがなんでも、ハワイなの。ハワイに行ったというその証拠が欲しいのよ。

そうよ、ハワイ、何が何でもハワイなの!あー、憧れのハワイ。

また大地震がくるかもって?ばかね、そんなこと言ってたら、東京はどうなのよ。そっちの方がよっぽど怖いわ。

停電がなによ、その分キャンドルサービスがあるわ。冷房がないって、なにさ、なくて当たり前、だって南国ハワイなのよ。ハワイって言葉だけでもう、いいの。ハワィユーていうぐらいじゃない?

ね、だから、ハワイなの、余計なおせっかいやめてよね】

だって、大雨まで降ってるんだよ、それでもハワイなのか?

食糧だって、備蓄はないぞ。みんなバイキングスタイルだから、もう競争になるよ。

悲惨な状況だと思うけど・・・。

             Sunset

   

                                   

             

                                                                                                                                          ふー。

まあ、それでも行きたいんだろうなあ。お幸せにネ。

私は2度と行くもんか、そう思ったが、きっとまだ私はハワイの良さを知らないんだよね、きっと。

しかし、伊豆のときのことを思うと、可哀想になってくる。 

  (写真はおまけでついていた、どこかの夕陽) 

あ、たまにはここのメイン「AB流 SF・阿比留一族が往く」にもよってやってね。リンクがうまくできないんだなあ・・・ 

2006年10月16日 (月)

中学2年生がイジメで自殺して

偽善者にもなれない偽善者」と呼とよばれていた中学2年生が、首吊り自殺した。

「今度生まれ変わったら、ディープインパクトの子供として生まれたい」

というような遺書を残して「いじめ」を苦にして自殺したという。

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福岡県筑前町三輪中学校だというが、問題の教師はモザイクで顔、姿は隠され、名前も明かされていない。

教師本人は認めているにも拘わらず、校長はまだ調査をして・・・いじめと自殺を結びつけるのは危険だからというのが、言い訳の理由である。

私はまさか知り合いがその教師ではあるまいな、と、どきりである。

私も教師から、そして同学年、上級生達からよくいじめられた。

教師からは「何様の息子だと思っている?」

それで叩かれるのだ。

いつも余所見をしてただけじゃないか?あれ、よそを見てたらだめかな?

それに、「何様の息子だと思っている」と聞かれて、なんと答えればいいのだ。

そういうあなたこそ、私の父親を何様だと思っているのだ?

自殺した生徒と同じような年頃だった。

もちろん、私だって、何度自殺しようか、どこかに行ってしまおうかと考えたことか。

タダ私は注射も怖がるような臆病者で、自殺にはいたらなかった。

だが、先生、同級生、まるで知らない上級生からいじめられるのは辛いものだ。私が運がよかったのは、いじめが暴力だったからだろう。しかも複数に取り囲まれてやられたわけではない。

いつか、東京で同窓会をやったことがあった。

「おまえは、いじめやすかったもんなあ」

教師がいじめているのだから生徒がいじめ安いのは当然である。

「女に腕相撲して負けるようなやつはなかなかおらんかったぞ」

いくら事実とはいえ、そんなことまで、毎日言われたなら、私はどうなっていただろう。

いつも叩いてばかりの教師は理科を教えていた。私はこいつには負けない、と授業は聞かなくても、片っ端から科学書を読み。わかろうがわかるまいが丸暗記をした。私にできる精一杯の抵抗だった。

または、全く勉強はしなかった学科もあった。その教師が気持ち悪かったからだ。無視して他のことばかりやっていた。知っていても、適当にしか答案用紙にはかかなかった。

知能テストでは、まじめに受けてたまるかという気があった。問題も読まずに、答えの欄だけ埋めていた。私の結果は「愚鈍」あたりだったのではないか。

おまえらなんかに人の知能がはかれるのかと、私は生意気な生徒だったと思う。

今回の生徒はすごく純真だったのだろう。遺書をテレビで聞くと、そんな気がする。

また本来は愉快な子だったのではないか。というのは父親の教師に対する怒り方も、不謹慎だが、なんとなく愛嬌を感じるからだ。

残念なことに、誰ひとりとして助けてくれる生徒もいなかったのかもしれない。幸い私の同級生の中にはこんな私を守ってくれるやつがいたのだ。彼がいなかったら・・・。

あんまり「みのもんた」が怒りまくるものだから、妙なことを思い出してしまった。

しかし、日教組という言葉まででてくるとはなあ、まったく、日教組の連中はなにをやっているんだ。

理科の教師はアンチ日教組で、私の父はその日教組の書記長だった。

2006年10月15日 (日)

Mixiやってませんよ

3時間もかけてトラックバックと、コメントの受付拒否をやったが、力尽きた。まだ、2か月分はある。

ウイルス関係は、私の開発した、「食っちゃうぞ」が起動しているので、いかなるものでも侵入できるはずである。

これは私の卒業研究論文「天敵による生物生態系防除【害虫駆除】」の応用だ。鷹揚なもので、ウイルスがウイルスを駆除してくれるのを期待する理論に基づいている。

私の研究は日本人第一号で、ちゃんと学会の論文を調べてもらえば名前が出るはずだ。

どうせふざけた研究だろうと思われるあなたは、確かに鋭い感性をお持ちである。だが、狭義の真実しか認めない癖がある。つまり、見たものしか信じない、月にはウサギが棲んでいるのを信じられない人だ。(合掌)

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私の研究のおかげで、少なくとも200人は研究素材に困らず、かつ、助手、助教授とかもしかしたら教授までなってるかもしれない。

さらに、このおかげで学生何処か関連会社まで飯を食っているし、新会社もできているはずだ。となると、何万人かが、私の研究のおかげでいきているはずだ。ただし、どのように生きているかは想像したくない。

なんで、その研究を続けて教授ぐらいにならなかったか?新会社を設立して、社長にならなかったか?

ははは、自分の研究を信じられるほど私はうぬぼれ屋ではない。続けていたら、私はとっくに天敵に駆除されていただろうよ。

私の「食っちゃうぞ」だけでは信用が置けない私は、この件はプロバイダにまかせているので、ある程度は防いでくれているはずとは思う。

さて、トラクバックしていただいた中に、「MIXI」をやってますか?みたいなタイトルがあったが、残念ながら、ミキちゃんどころかミッキーマウスとすらやってない。

どうもこの方は、私を誰かと間違えているようであるが、私の写真なら、【AB流】や「AB流 気まぐれビール」ほか、あちらこちらにキラ星のごとく輝いている。それを見てがっかりしてください。では、次回を楽しみにして、キンコーンカンコーン、本日の講義は終り。

では今度こそ抗議。何度も言うようだが、せっかくいい物を作っても、それをすぐにマイナスサイドにもっていく考え方は、何とかならないのかなあ、冗談で済んでるうちはいいけど・・・。ピンポンパンポーン。抗議も終り。

実はもう6000どころか6100を越え

ここのアクセス数であるが、もう6175になっている。初めはトラックバックかなと思っていたら、そうではないようだ。

なんの数だかわからない。実は、数日、あるいは数ヶ月前のものにトラックバックをしていたのである。カウントされないはずである。よかったのやら・・・。

もしトラックバックを入れたら、とんでもない数になっている。

今も200以上は消した。【その後700は消した】

通知メールで50時間でコメントも含めて900を超える。消すのが大変である。全部、ゴミ箱に行くようにしておくべきなのか。

あーあ。

以前のトラックバックを拒否してないページを見つけてトラックバックをしてくるようだが、それにしても何の関係もない。

こんな仕組みだったのかなあ。

もっと違う使い方だと思ったが。

一括非表示というコマンドがあればいいんだよね。

気力がなくなった。

2006年10月14日 (土)

トラックバック消去

こんなものじゃなかったんだけど、いつの間にかトラックバックがすっかり、アダルトになっているじゃないか。

さすがに驚いたね。

まさか、このことだったのかなあ。

「おまえのとこのホームページはどうなっとるんや」

いや、てっきり私がいい加減に書いてるのがばれたのかなとおもってたら、違うよなあ、「いい加減にしろよ」といまさら言われるはずがない。

この外国からのトラックバックとコメントだったのだろう。

私はそんなアダルトを読んだ記憶はなかったので、放っておいたが、先日のアフリ関係で、調べなおしていたら、アダルトだらけとわかったので、しばらくは、これから来るやつは表示を止めることにした。

さらに、広告ばかりのやつもはずそう。

あーあ、なんでこういうことになるのか。

人は私から言わせるとダークサイドへ走りたがるものなのか。最も人のことを言えるほど、私はできてないが。

しかし、削除の連続ってのは疲れるね。つい、タイトルを読んでしまうから、時間がかかってしょうがない。

消すのも忍びないし。

とりあえず、トラックバックは直接載せるのは止めよう。でも、なんか嫌な気分。

果たして、そんなことをしていていいのだろうか?

もう、消してしまったものはしょうがないが。コメントは受け付けることにしておこう。

そうだ、T君は最近書いてくれないね。ちゃんとシャトルシェフで料理はできたのだろうか?

Cimg1472 でこなかったら、便りをくださいな。

私に教えられるものなら、いくらでも惜しむものではないからさ。

ん、写真の花をお浸しにしたらどうかって?

花泥棒になっちゃうよ。

今日は、花を写してたら、子供が窓を開けたのでびっくりした。

「ごめんなさいね、花を写させてもらったよ」

さて、この話は、不気味な男が家の周りをうろついていたということになるのだろうか?

2006年10月13日 (金)

あの自転車の山の中には

北朝鮮へ向かうために鳥取県境港では中古自転車を山積みしている北朝鮮の船が、出港準備に忙しい。

もちろん、下関、舞鶴、小樽とかでも同様な光景がTVで流される。

あの自転車は、いったいどうやって集めたのだろうか?そして、北朝鮮ではどう扱われるのだろう。

このふたつの疑問は、ひねくれた私でなく、清純・高貴な考え方を持つであろう、あなたでもお持ちになるのではないか?

私は、何台自転車を盗まれたことだろう?

防犯登録など何処吹く風、まさか、朝鮮颪の強風で消されてしまったのではあるまいな。

しかし、大量な自転車の数である。

あれを輸出する会社は、どうやってあんなにたくさんの自転車を集めることができるのだろうか。

駅前の強制撤去でもって行かれた自転車、それも引き取り手が現れなかった自転車なのか?

以前、杉並区役所の前で、そういった自転車を販売してたことがあったが、どういう経路で中間業者に中古自転車は渡るのか?

私はいまだ、自転車の買い替え時の下取りという話を聞いたことがない。

新車を求めるほとんどが、盗まれたからである。

その中には月極め駐輪場で行われたケースもある。

今回の政府の処置で、中古自転車輸出業の人々は口々に言うだろう。

「困った。困った。(自転車は続々と集まって来るのに・・・)」

()内の言葉は私が作った。

自転車の集め方も不思議なら、彼らの将来も気にかかる。

北朝鮮の人々は、中国人のそれと比べて、あんまり自転車に乗っていないような気がするのは、情報量の問題なのか?

最近盗られたのは7年前、マンションの駐輪場内からである。マウンテンバイクだった。あいつは、北朝鮮にいるのかなあ・・・。

私は今までに20台は乗り換えているはずだが、下取りしてもらった経験は一度もない者のひとりである。

考えれば、異常な文化である。

ひねくれて考えをしてみれば、新車を売らねばならない自転車屋が、絡んでいるのではないか、そう思えてならない。もっともこれは、メンテナンスに気を。お金を使わない、私たちの性格によるのかもなあ。

話は盗難防止の自転車のロックであるが、くすん、キーが効かないのだ。これは困った。予備はなくした。仮に開いたとしよう。

だが、下界に降りて、またキーが効かなかったら・・・気が効かないやつよのう・・・私の自転車は放置自転車となり・・・ん、こんどはどこへ。

2006年10月12日 (木)

ひさしぶりの辛子明太子

大学の先輩がお土産だと博多明太子をもってきてくれた。私が始めて食べる銘柄である。生き残りも厳しいだろうなあと思う。

食べてみてびっくり。

私は銘柄を確認しないわけには行かず、思わずケースを手に取った。こんなことは始めてである。

「玉屋食品 博多めんたい三昧 活々市場」

私はこの間4度も冷蔵庫を開けてみた。初めての名前だから、かんじだったか、ひらがなだったか、うーん、さすがは先輩である。

「玉屋食品 博多めんたい三昧 活々市場」

Cimg1042 覚えて措いて損のない名前だろう。高島屋の包装紙だった。

私が交通費にも危うかろうと、みんな阿佐ヶ谷に集まってくれた。久しぶりの外食である。

(なんか食べかけできたならしかった?かな)

私は酒を飲めないが、全然関係ないので、ひとりウーロン茶を飲んだが、本当は水だけがいい。ウーロン茶は体脂肪を落とすのではなかったか。

なぜなら、私は4人の中で、一番若いくせに、一番老けて見えるという。写真を撮ってみたが、写真なら若いじゃないですか、だが、目が異様に目立ち、頬がこけている。

顔色も悪い感じ。

たくさん食わんといかんぞと促され、ずいぶん食べた。

話は盛り上がり23時に近い。

名残を惜しんで家路に着くが、

「ワンゲルの仲間と飲むのが一番やなあ、俺、いいクラブに入った」

先輩がそう言っていたが、

「abiruに酒を飲ませたのが唯一の失敗やナ」

そんなことはない。

私は別に後悔などしていない。する必要もないし、むしろ感謝している。

おかげで私は普通のひとではあじわえないような半生を送っている。これは多くの人が、羨ましがるか、驚くか、本当に面白いことだらけ、もちろん、多くの悲しみも味わったが、人生山あり谷アリ、ワンゲルそのものなのだ。

ゆうべはごちそうさん、次こそはもっと若返って驚かせますから。

私は出会い系サイトのメールを分析しながら、その「めんたい」でご飯を食べながら朝を迎えた。あーあ、あの女性(?)は少なくとも三人でやっている。

彼らには楽しく飲める仲間がいないのかもしれない、悲しい人たちなのかもしれない、そう思う余裕がまだ私にあったのは、いい再開を祝ったからだろう。

2006年10月11日 (水)

頭がハリセンボンだ

もう、どうにも体中が痒い。腕などは赤い湿疹が全体にできているようで、もともとピンクっぽい色をした腕ではないかと思われるほどだ。

貧血の注射を受けながら、実はこのことを話してみた。

看護士は背中へまわり、

「なにこれ、赤いぽつぽつがたくさん、かゆいはずだよ、これじゃあ。もう、早く先生に言いなさい、どうしていわなかったの?」

私は貧血のせいかなと思っていたのだ。だからいいかなと思っていたら、暑くなったせいかな、いきなり、ぼっと火がついた感じ。

頭には針がそれこそ、1000本、万本と突き刺さったように痛いし痒い。

注射の最中にも暴れ出したくなるように痒い。

ジンマシン?

この症状は4,5年前にもあった。

汗をかいたり、かっとなると本当に、「かっ」っと燃えるような感じで一斉に体中が痒くなった。しかも痛い。「いたがゆい」というやつらしいやつである。

汗を拭いて心頭滅却すれば・・・なおらん!痒いものは痒いのだ。こうなったら新党立ち上げだ、余計治らん。

医者は

「おやまあ」

といった感じで看護士に指示していたが、普段はわかりやすく説明してくれるのだが、もう呆れてしまったか?

私は密かにではアルが、おそらく「更年期障害」ではないかと疑っているのだが・・・。更年期障害というものを知らないから、なんとも・・ね。

私はやっと白血病の不安がほぼなくなったばかりだというのに、病気のデパートになってしまった。

幸い他人に移る、伝染するといった類の病気ではないからいいようなものであるが、酒を止めたらこうなるのか?

私は再度、注射を受けることになった。

先ほどは左腕、今度は右腕だ。

「もう、初めに言えば、注射も一回でいいのよ、痛さも減るでしょ」

「でもじょうずだから、全然、ア、いつ打ったの?」

私は注射器から注入されつつある薬を見ながら、お世辞を忘れない。

「もう、口だけは・・・」

そういいながらも、ほめられて怒るようなら看護士は勤まらない。

ん、少し変かな?

帰りしな、

「治るまで、毎日来るのよ」

はい、はい、わかってます。

最近は酒を飲まない代わりに、その医院のカウンターにおいてあるあめ玉をしゃぶることを覚えた。

自分で買うと、種類が限られ、なおかつあめ玉がくっついてしまう。だから、ここで4,5個仕入れて帰るのだ。おいちい。

酒飲み時代には考えられない行動である。

なにか、ちょっと甘めのものが欲しくなるのである。

かといって、ぎょっとするぐらいの甘いものは当然、苦手であるが、以前のように、他人が食べているのを見るだけで気持ち悪くなることは無くなった。

これはいいことである。

なにがいいかって、デートの時だ。こんな私であるが、そういうこともあるさ。

女性がデザートで甘いものを食べている時でも。平気で見ることができるようになった。

すると、

「あんまりじろじろみないでよお」

「いや、かわいいな、と思ってさ」

「ばか」

「食べる?」

「もう、ないじゃないか」

話も無くなったようで・・・ああ、指まで痒く・・。

 

2006年10月10日 (火)

北朝鮮、孤立への挑戦

「ポム、テェマ・ドゥ、ジュッジン」

であるから、私が子供の頃にはたくさんの朝鮮人が、だんべえ船と呼んでいたと思うが、今にも沈没しそうな、方形の船一杯に砂利を積んでやってきていた、と私は今でもそう思っている。

以前にも書いたと思うが、父は伝馬船を漕いで、ひとり釜山まで映画を観に行ってたらしい。

それほど、朝鮮はすぐそばであり、天気さえ良ければ、釜山のホテルの灯りが見える(「SF・阿比留一族が往く」のオープニングの写真4枚のうち1枚がそうである)ほど近いのだ。

もっとも、朝鮮は朝鮮でも南、大韓民国の方である。

昔だったら、百済、高麗か。

今話題の北朝鮮は新羅、高句麗の名前が長いような。

だが、北の首都である平壌(ピョンヤン)は、これほどいろんな国々に侵略にされたアジアの地は無いのではないかと思えるほどに攻め込まれて、いまなおその地名をとどめている。

なぜ平壌なのだろう。

それほど重要な地なのだろうか。

確かに朝鮮半島の根っこといえば根っこであるが、朝鮮半島自体にそんなに魅力が有るのはなぜだろう。

私にはその理由がわからない。

特にその気候は、冬は極寒、夏は酷暑、おまけに梅雨も台風もあるはず。さらに4000メートルクラスの山々が連なる、およそ、誰もが欲しいと思われる土地ではない。

ただ、良質の鉄鉱石や石炭が取れる程度ではなかったか。

朝鮮半島に魅力があるのならば、平壌は、交通の要所として、貿易など交流に役立つはずであるが、例えば、南の釜山に魅力がそんなにあるだろうか。

釜山クラスの漁場は世界中至るところにある。

なぜ、過去に世界は平壌を欲しがったのだろう、特に中国は。

現在北朝鮮はコリアならぬコリツをつた抜いている。もし、世界が欲しがる土地であるならば、貿易の要所として、広くその門戸を開放すべきではないか、そう思えてならない。

なぜなら、私が、テェマ・ドゥ、ジュッジン、対馬生まれの対馬育ち、鎌倉幕府には、元寇の役では見捨てられ、江戸幕府においても、対馬は日本よりも、むしろ朝鮮の世話になっていると、思えるし、対馬の藩主もまた、食糧事情においては、日本よりむしろ朝鮮を頼っていた。

そんなこともあり、今回の核実験は複雑な思いで見ている。

風は朝鮮から吹いてくる。朝鮮颪(おろし)という言葉があるぐらい、厳しい寒風が吹き降ろし、冬になると同じ家でありながら、朝鮮側の窓は凍ってしまうのだ。

またその風を避けるため、ほとんどの家が石垣で守られている。

風は避けれても、放射能は不可能だ。

住めなくなる前に止めてもらいたい。もっとも私はもうあの島へ帰る気は無いが。

現在はハングルの標識、説明書きは島のいたるところにある。

さらに韓国人の観光客も多い。彼らは朝鮮産のムクゲなる植物を植えまくってるらしいが、1000年前以上には対馬にもマツタケが自生していたとの記録がある。

どうせなら、そちらを頼むぜ。

話は変わるが、対馬にだねえ、サッカー場と野球場を作りたいもんだね。

そして日韓戦はいつのここでやるのだ。アジアカップをこの島で。

日韓戦の場合、勝った方がその年の自治権を握る、国境が変わるのだ。島民はたまったもんじゃない?

そんなことはないよ。今のままでは唯の自衛隊と観光だけの島になってしまうよ。

あるいは対馬自体が独立するんだね。

どうせ、だめになるんだ。もっと、燃える何かをサ。

あー。やっぱり片頭痛だなあ。

2006年10月 9日 (月)

壁を越える勇気があれば、鬼になれれば

どうしてだ、どうして最後に甘さが出る。

最期まで、どうせウソツキだとやってしまえ!

そうすれば、きっとうまくいったはずだし、そうでなくても諦めは着いた。

結果をみてみろ。

みーんな中途半端じゃないか。誰ひとり幸せにならなかったし、さして不幸にもならなかった。

結局、私がウソツキのまま終わるだけじゃないのか?

なぜ、とことん悪者にならなかった。

なぜ言えなかった、簡単な言葉だ。

「後3万円必要だ。どうせ騙されたと思って貸してくれ」

3万じゃ少ないな、いかにもサギっぽい。30万とでもいってから3万かなあ。それじゃあ、なおさらだ。

お金を借りるってのは嫌だねえ、くれえ、そういえばよかったのか?

そうしたら、全てに近いものがわかったはずだ。そして誰もが今よりは私を信用を厚くしたはずだ。

たかだか3万だから、自分で何とかできると思ったア、うそだね。

時間が無かったじゃないか。

この痛い頭で満足に動けるのかい?

あー、取り返しのつかない馬鹿をやった。

どうせならもっと、もっと、とことんまで悪者になればよかった。

まだ、間に合うかなあ。

そう、チャンスが来るものか・・・そうだね。

2006年10月 8日 (日)

私はお人よしか?そのとおり

ちょっとおとなしくしていたら、すき放題に使われてしまっている。

私がアフリとか、こういうプログを使って商売をすることを知らないとでも思っているのだろうか。

私は、1クリック1000円出します。1ビュー100円出します。売れたら・・・などという申し出を断っていた。

これは無料レンタルで、すでにスポンサーがいるはずだから、このサイトの経営者と相談してください。

だが、無法者は勝手に宣伝しまくる。

いいのかい。

いいんだろうなあ。

私は面倒なのでほっといた。

しかしその中に、私がやらないかと個人的に持ちかけられていた、やせるためのサプリメントの広告まであったのには驚いた。そのテンプレートは私も持っていた。間違えて削除したが。

私はお試で、1ヶ月買ってみた。白血病には3食きちんとした栄養を採らねばならないと、医者から言われていたところだった。

そのサプリメントは逆も可能。

私は喜んで、食べてみた。

ちょうどその頃から私は禁酒を始めていた。

酒を飲まなかったら、私は痩せる。

その代わり、水を酒の分だけ多く採ってしまったのだろう。

さらに1日3食なのに、2食の日が多かった。

すると・・・医者が驚いた。

とんでもない病気にかかっているのではないか?と。

え、酒を止めて、そのサプリできちんと栄養を・・・ところが、半月で20キロ、ウェストは88から74センチへと落ち、体重も78キロが54キロまで落ちた。

まさかだろう。

私はちょうど1ヶ月が経ったので、もういいや、もう実験はたくさんだ、そう思って知らんぶりをしていたのだ。

どういうことか、私は太るようにサプリを取ってなかったのである。

現状維持から痩せる方への摂取をしていたことがわかった。

だからだろう、禁酒の分でやせ、水をたくさん飲むということから、サプリの力が痩せる方向へ働いたのではないか。

本当に効くのだと思う。

こうなったら、私がいい証拠である。

医者の驚きまである。私は申し訳ないのでHIV検査まで申し出たのだ。

かくなるうえは、やってやろうかな。他人に勝手にやらせておく手はない。

しかも最近のアクセスだ。

あなたのおかげで私みたいな名も無き人間のサイトにしては、驚くほどアクセス数が多いのだ。(前述した、アフリの営業マンが打診してくるほどだから)

その割には、うん?

シャトルシェフは売れてるのかな?在庫は確かに1個ほどしかないが。さっきみたら、いつものやつが無いよ。

今日、「伊賀VS甲賀雪の結界」というのをアップしながら規定を読み直してたら、おおおお、「やってもいいい」と私には読めた。

面倒だけど、やってみようかなあ・・・だめでもともとなんだから、ね!そのときは応援してね。今までは冗談で薦めていたけれど、

今日は力を込めて、炊くよ。

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あなたも炊きなさいね。本当にうまいからさ。

みんな根性があるなあ

別にわざとやってるわけじゃない。

できないんだよ。

なにがって、連絡がさ。

あなたが待ってる、私からの連絡。

連絡ナラなんだっていいんだろう、できるならきれいさっぱり、別れて欲しいのかい?

それもできないんだよ。別に未練とかじゃない、ただ連絡ができないんだって。

何回言えばわかるんだ。

そのための方法は、考えることができる限りおしえたはずだ。 

それをやらずに、文句ばかり書き連ねるのはいかがなものか?

こちらこそ変に疑ってしまう。

肝心な時には寝すごす、サギにあう。

パソコン通信で市況を調べ判断して社員を動かしている、確かそう自己紹介したよね。

そんなあなたがなぜ、私の本名で検索することができないの?

電話の3日クルートも教えたよね。

電話じゃまずいことでもアルのかい?

だったらいいんだよ、別に、その分、自由な時間が増えるというものさ。

あなたの心配ばかりやって、メールを待つのも馬鹿らしい。

どうみても、それは「さくら」だよ。

あなたは違うと言い張るだろうけど、結果としてそうなってる。

私ももまた、結果として、「冷やかし」だ、望んだわけじゃあない。

辛いんだ、苦しいんだ。もう、退会したいんだよ、この辛さから、逃げ出したいんだ。

こんなときは、ふ、ふ、ふ。まだあるかな?

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天気はいいけれど、頭は高気圧

アー、凄い、いい天気なれど風強し、頭は痛し、懐は、さみ氏内蔵。

しかしじっと寝ておれないところが私である。

もっとも、お金が全然ないので、会いたい女性と連絡も取れない。携帯の電話料金を払ってないのだ。

大ピーンチ!

おそるべし、ポケットの中を調べると、なんと200円もない。

米だけはある。

だがついに、シャトルシェフも底を突いた。つまり、おかずがないのだ。

ここで作り方を公表した、好評を博した「手羽元混載」は今夜、その姿を消した。

追加する材料を買うお金がないのだ。

ああ。連絡さえつけばなあ。

連絡が例えついても、どうにもなるわけじゃない。

肝心なのは私がお金を得ることである。

企画書を書いて、売り込もうと考えてたら・・・いや、話はしてある。

あとはお金をまあ、5万円でももらってだなあ、ちょっと試作品を作ってもらい、私が手紙を書いて、あの方に会って頂く。

よもや、嫌だとは言うまい。

何しろ私とは愛でつながっている。愛はあいでも愛想なし。

まあ、やらないよりやったがいいはずだ。

彼女は既にお金はある。さらに名声もある。だがそれは彼女の努力も凄く尊敬するところであるが、ここで私の企画を採用すれば、さらに多くの賞賛を浴びるだろう。だめなら私アビルが硝酸をあびる決意である。

おー、いたそ。

既に科学的、学術的データはある。

だがなぜか、そこまでやった研究を世の中に生かしていない。

つまり、研究のための研究であり、ただドクターをとるための論文数を増やすだけだったのではないか。

もちろん大学院を出ればドクターの肩書きはつく。しかし、本当のドクターとはいえまい!と大学を追放されたこの天才はほざいておく。

くやしかったら、大学を追放されて見なさい。英語の卒業証書をもらってみなさいよ(気まぐれビールより)

その企画書を書こうとしていたが、頭痛が私を別の世界へと誘う。

そうなのだついに手を染めてしまった。

まだ「de SITE サギの宴」も未完成なのに、すでに自分のなかでは完成しているので・・・わりぃ癖だね。

「伊賀VS甲賀雪の結界」を書き始めてしまったのだ(詳しくは「SF・阿比留一族が往く」を)

それはそうと、もうすぐここのアクセス数は6000になる。

なぜか?

アメリカ人が遊んでるのだ。

ということは、アメリカ人向けの広告を載せればいいのではないか、私はそう閃いた。

アメリカ人向けの募金箱を用意すればいいのだな?

BANK Of USAとかあったかな。彼らは募金好きと、私は願う。そりゃそうだろう、タダでこれを読んでおまけにコメントやら、宣伝までしているのだ。

え、タダで読んでるのはアメリカ人だけじゃないって・・・ふーん。

ジャアそんな方のために。実は私は山口県のおばあちゃんが作っている、無農薬らしいお米を取り寄せ、食べている。ものすごくおいしいのだ。たぶん阿佐ヶ谷の食堂、レストラン、お弁当屋さんたちには悪いが、私が食べてるぎ版画一番おいしいだろう。

だが、そのお米は、山口の米の評判は聞いた事がない。精々、新幹線の駅の数が多いのと、今度の首相のゆかりの地、ぐらい。

つまり、私の焚き方がうまいののである。うっそおお、こいつがいいのである。いつも使ってるやつが勘違いして、空いてないと思いこみ、アキタコマチなるブランド米を電気釜で炊いたらしい・・・結果は全然うまくないぞお・・・信じなくてもいい。ただここから買って、台所の奥に閉まっておきなさい。あるかなあ。

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ア、在庫を見なかった。 げ。

2006年10月 6日 (金)

片頭痛にツキ

用心してたのだが、ついにきたというべきか。

兆候は5日、6日ぐらいからあった。

でもまだ大丈夫。

それに、私は白血病の心配が合った。「アホウドリでも・・・」参照。

そんなこともあり、油断していたのである。

ところがそれはやはり、長年の勘、あれほど深く愛し合っていた恋人でも破局はくる。

この天候でそれは完全になった。

予定では、今日は定期健診の日だった。

だが、私はこれで新宿まで行こうものなら、完全に破局じゃないや、少なくとも片頭痛にはなる。

まかり間違えば、狭心症になりかねない。

そちらの兆候も実はあったのだ。

ならば片頭痛のほうがましであるが、辛さはこのいやらしい頭痛である。

まず2日から3日は頭の割れるような痛みと闘わねばならない。

一ッポン1000円の薬、一回こっきりで1000円の薬もまだ1本残っているが、これは怖い。       _048

もっとひどくなる場合もあるのだ。

過去2戦して1勝2敗である。

おや、計算が合わないぞと気が付かれるあなたは、意地が悪い。人でなし。

確かに効くのである。だが、効いたあと、そうだね、麻薬の禁断症状とでも・・・おっと。私にはそんな経験はない。

そうだ、酒だ。

迎え酒をしないと、全身、酒切れ状態、禁断症状、冷や汗ぽたぽたの体ぶるぶる。

それよりひどい。ひどい痛みが治ったと思ったら、30分もしないうちにまたやってきた。

4時間ぐらいはつつけて服用しない良うに。

私は4時間後また、もう1000円。

そして、眠った。

その1本は怖くて使えない。

だから別の薬を飲んでごまかしている。いちおう、その道の薬である。そして入眠剤で寝る。

だが起きると、きっとぶり返しが来る。

何日続くだろうか。その間、部屋から出る気力もない。

ある物を食べるしかないから・・・またやせるぞおおお。

いいや、ちょうどいい。

考えてることを痛む頭で考えたら、面白くなるかもね。ほら、 ミュージシャンがラリルレロった状態になるかも。

こう、ご期待。

 

私はとんでもないほど青かった

これは、第3話目である。

たくさんメールを書いた後は凄く誤字脱字、誤変換が多い。そう気づくと、すぐに、「つづく」にしてしまう癖が着いてしまったようだ。

これではいかん。

しかし誤変換だららけを読まされるよりはいいのではないかと、おもったりもするし、もしかしたら、あなたは、私の変換ミスを記録することを趣味に、あるいは生きがいにしてるかもしれない。

と、自分のミスを、ミスにしないしぶとさが私にはあったのだ。

そのわりにはあっさりと会社を倒産させてしまった、と後悔も少し。

やっぱり、ソフトウェアは私には合わなかったのだろう。では・・・

では、何が向いているというのか?

ひも。憧れのヒモ。

ばかな。

でもひももよかったなあ・・・。

さて、お昼に子供をつれて、私より経済力を選んだ彼女がやってきた。

もう心臓が、肝臓が、丹臓,、すい臓、服部半蔵にナウマン像。世界中の像の真ん中で、私は震えていた。

彼女はちょこんとお辞儀をした。

二人の子供は、私をまぶしそうに見ている。それも、100年前からの友達のように・・・いったい、どんな友達なんだろう、子供の考えることはわからない。

私はその子供たちと遊んだ。

野球のボールが合った。

神様がくれた、チャンスボールだ。

私は、思い切り投げた。

「とってこおおおおおいいい」

ふたりは、きゃあきゃあ、追いかけて行った。

その間が神がくれた時間である。

いったい何を話したか・・・。子供たちが息をはずませ戻ってくる。

にこりとボールをわたすので、もっともっと遠くへ放った。

何回繰り返しただろうか。

私は嬉しかったのか寂しかったのか。

知り合いのうちに泊まっていたら、彼女からだった。電話だ。

くそおお。学生時代に電話があれば、また運命は違っていただろう。

彼女が何度も呼び出しに使った、お店の電話。

いつもいつも、客の中で話せるほど私はできてなかったのだろう、ずいぶんとぶっきらぼうだったような気がする。

「どうしたんだ」

すでに11時を回っている。

「今寝たところ。これから会わない?」

大胆なことを言うなあ・・・だんなは?

「うん、サウナかなんかに行って、今夜は帰らないと思うよ」

じゃあ、子供、2歳と3才の子供ふたりっきりか?火事でもおきたらどうする。だんなが帰ってきたらどうする?

「だいじょうぶよ」

         

         

「いま、子供たちが眠りました。さあ、どこにいきましょうか」

そんなメールが届いた。

私はふと昔のことを思い出しつつ、そのメールを見つめていた。

2006年10月 5日 (木)

なんか悲しいね、胸がレンコンになった気分」

こんなことをして面白いいんだろうなあ。

いやそうでもしないとやりきれないのかも。

頼んだ私も頼んだ方だ。

疲れてるんだもん、そのまま帰りたいよね。

うちまで帰って、お金持って来る馬鹿はいいない、それを信じて待ってるほうもおかしい。

今はもしかしたら、24時間お金は引き落とせるのではないのか?

しかし、きたふりをしなくてもいいだろう。

わたしもばかだったのは、そのために3かいもCALLしたことである。1回は残しておかないと、明日どうするんだ。連絡がとれない。1回するのに、8回分は買わねばならない。そんなお金ないぞ。

しまったなあ。これで、あの人からお金をもらえないとなると、誰からももらえない。

狂言につきあっらばかりか、トラの子の1回を残さずにまたCALLしてしまったのだ。

さらに、もしも私もポイントがなくなれば即座に1万点を補充するというシステム。

ははは、私はだい5番目だから、最長5年も待たねばならないそうだ。

この世の中で5年間だと。その日まで会社があるのかよ。

まただまされた。あーあああ。

 

2006年10月 4日 (水)

私はとてつもなく青かった

これは前回の続きである。

私が東京の会社に逃げるように就職した。

辛かった。

仕事もコンピュータのプログラムを作り仕事である。

私は別の研究室の学生が、ひたすらデータをパソコンに打ち込む姿を見ていたので、絶対にあんな仕事には就かないぞと、かたくちかったものだった。

だがそれほど、もう大学に、その町にいたくなかったのだ。

私は社長の訓辞を聞いて、ますます辞める決心をした。入社2日である。

ところが辞めさせてくれない。

なぜか私を接待するのである。クラブには二度行った。ひるめし、ばんめし、散髪代とタクシー代。

なぜ?

このとき新入社員は45人ほどいたと思う。

みんな、在学中からスクーリングといったかなあ、既にプログラムの作成いろはをちりぬるをだった。

私は実験が忙しくてそれどころじゃないと、免除してもらっていた。

だから新人研修ではチンプンカンプンである。

プログラムそのものの意味からわからないのだ。

だから遊んでいた。

全社員250人。まあ独りぐらいいいんじゃないの。

できるやつは次々と出向していく。

私は相変わらず遊んでいる。

会社がサンシャイン60にあったから、散歩するにはもってこいなのだ。

ある日、先輩が出向を終えて戻ってきた。

「なあ、どうせやめるにしても。覚えておいてそんはないだろう・・・うんぬんかんぬん」

2週間時間があるからマンツーマンで教えてやるというのだ。

ソロソロ独りで遊ぶのも飽きた頃だったので、しぶしぶ教えてもらった。

おしえかたがよかったのか、接待を受けさせても残したがよいほど適正テストの成績が抜群だったらしい私がよかったのか、2週間後には同期の中ではトップの位置にいた。

なんだ、かんたんじゃないか。 私は今度は自分で麻雀ゲームを造り始めた。やっぱり遊んでいたのだ。

そんなあるひ、一葉のはがきが届いていた。

どきりとした。

わたしを振って結婚を選んだ女性からだった。

私はやはり5ヶ月で会社を辞めた。

北アルプスに登りたかったのだ。生活するあてもなく山をおりたら、ソフトハウスがうちにこいという。

「なにもできませんよ」

それでもいいから遊んでろというから・・・・

3年は過ぎていた。

友達が結婚するというので、1ヶ月休みをもらい九州へ行った。

わたしはなぜか彼女のあたらしい名字をしっていた。 

電話帳には一軒しかなかった。

その声はまさに彼女の声そのものではないか。お昼に子供をつれて公園に来るという。

疲れた。つづく

2006年10月 2日 (月)

私はまだ青かった

あれは私がまだドイツに旅立つ前の年だったと思うから、もうずいぶんと昔のことだ。

私は好きなはずの女性がいた。

でも私は、三人でやるはずの実験を、一人でやっていた。なぜか実験の中心人物とNO.2が大学から逃げてしまったのだ。

中心人物は大学院生、私と同級に当る。

NO.2は4年生、私とこれまた同級に当る。

鋭いひとはわかるだろうが、私は留年していたのである。しかも、後輩に遅れをとる劣等生であった。

それでも私は気にかけない、天真爛漫そういえば聞こえはいいが、ただ大学には麻雀をしに遊びに行っていた、そんなもんだったのだ。よくぞまあ、5年生になれたもんだと、父の逆鱗に触れながらも、経済的に父に復讐できて満足だった、気の小さいやつだったのだ。

私たちの実験は「天敵による生物学的防除」という、薬剤を使わずに、害虫をその害虫の天敵によって駆除するという、当時としては画期的、先進的、お笑い満載のものだった。

このためにはまず、害虫を育てねばならない。そのためには害虫の餌となる、キャベツなど、蔬菜(そさい)教室の連中がやるべき仕事、野菜作りをやらねばならない。当然ホ場(畑)づくりからである。

さらに、あらゆる害虫を捕まえて飼育せねばならない。

次に害虫の天敵を飼育せねばならない。

こういった実験では、その結果に意味がアルのかないのか、私にはさっぱりわからない計算方程式、有為差検定というのをやる。

そのために、害虫に注入する天敵の数を等比数的に増やしていく。

なんのことはない、1,2,4,8,16,32,64,128、、、、と増やすだけである。

なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

天敵は当時の呼び名は、ネオアプレクターナDD136といった。

凄いなあ、私は何の資料もなくここまで記述しているのである。 

ふん、なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

天敵を害虫、このときはカイコを使った、カイコに天敵を注入・・

おっといかん、テーマはこんなことじゃなかった、

この研究論文は日本第一号の研究としてしっかりと学会にあるので興味がある方はしらべてみれば・・・おかげで100人は食ってるのではないか(控えめに言っておる!)

そんな実験をひとりでやっていたのである。害虫が天敵に死滅されるまで約48時間、私は記録を採らねばならない。つまりねむれないのだ。

合間に別の実験お手伝い、これがひどかった。ウサギに昆虫のフェロモンを注射し、2週間後にそのウサギから血液を抜き取る。

ゼン血液をだ。

メインは女子学生。

毎朝、私を起こしに来てくれていたというのは問題があるので、寝ぼけていたような。

自分の実験は誰も手伝ってはくれない。私は3人から4人麻雀仲間を集め、48時間、絶対に眠らない時間を作った。

まあいい、なんのことはないのだ。なんのこともない、なんの・・・・

そんなことを論文作成のための写真を暗室で自分で焼いた。

生物相手だと24時間、見張りが必要だった。

ひとりでできるはずがない・・・がやらねばならなかった。日本の昆虫学界の夜明けは近い。

だが近かったのは、早かったのは、そんな私に愛想を尽かし、結婚してしまった、好きだったはずの彼女だった。

私は失ったものの大きさを改めて知った。

毎日、顕微鏡を見る目が涙で曇った。

独り、研究室に篭ると、悲しみで恐ろしくなった。

実験がデータ整理になる頃だったから時間ができた。

酒をあおった。酒で哀しみ、辛さから逃げたのだ。

だが、目が覚めると、倍以上の悲しみが襲ってきた。

データ整理があるうちはまだいい。何とかそちらへ逃げることができたからだ。

だが、夕方になると私の目は彼女の幻を追っていた。

そしてまた酒を飲む。

そんなときである、多くの女性たちがチャンスとばかりに私を・・・・・。

まあ。いい。そんなことも会ったさ。そんなことぐらいあるさ・・・

私は6年生までいるつもりだったが、教師たちの策略で追放された。

無理やり単位を掴まされたのである。

もっとも。もうその町には居たくなかった。

逃げるように東京へ。

(長くなったなあ・・・いつか気が向いたら・・・ちがーう。こんなことじゃないのだ、書こうとしたことは・・・つづく)

2006年10月 1日 (日)

同じダイビングスクールに二度当選

悪いことをしたと思っているので、ここにダイビングスクールのことを少し書いておこう。

私は100万円クジに春と夏場に応募した。

最後に世界中の海に潜ってみたいかと聞くので、そりゃあできるならば。

だが、私は狭心症と片頭痛をもっている。

医者に聞いた。

「何を、バカなことを言ってるの、あなたは自分のことを知ってるの?死にますよ」

くやしいい、7万以上もする練習コースなのに。池袋、新宿、渋谷と確か3箇所あったダイビンギ教室。メルマガに出すのもタダじゃなかろうに。

よりによってなんで私に2度も、確か「おおきなパパ」みたいな、英語っぽい名前だった。HPもある。

2度目はめげたね。誰かに売れないのかそう思ったよ。

電圧でやるマッサージ。これは別だが、こいつも病気のせいでだめ。私はカメラかなんか、図書券でもいいのに。

「ボス」のやつも「何かが必ず当ってます」と来るがいったい何が当っているのかわからない。名前を入れると、既に登録済みです!で終わってしまう。登録済みは当たり前だろう。だから送信してくるし、当っているんだろ、それとも何かおかしなシステムが作動いてるのかな?

考えられるとすれば・・・なんだろうなあ。まさかそんな馬鹿な・・・・いや他には、インチキ以外考えられないんだが。天下の「ボス」が大霊界で泣いてるぞ。ねえボス!

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